伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

十九話 「お前はどうしたいのさ」

公開日時: 2020年11月30日(月) 00:05
文字数:1,627

 伍横町が霊の空間へと変貌し。

 町内に存在する少年刑務所もまた、その空間の中に落とされることとなった。

 かつての事件の贖罪のため、その場所で長い時を過ごしていた少年――今はもう青年と呼ぶべきか――も、この異常事態にはすぐ気付いていた。


「これ……降霊術……なの?」


 深夜とは言え、何人もの収容者や職員がいるこの刑務所だが、時計の針が零時を回った瞬間、人の気配が一瞬にして消えた。

 そして、不穏な寒気。遠くから聞こえてくる、呻き声や金属音のようなもの。

 彼――中屋敷麻耶は、今の状態が降霊術による霊空間の発生であると、過去の経験から確信した。

 だが、規模が大きすぎる。

 自身の関わった霧夏邸の事件では、二人の人物が降霊術を行ったことによる暴走で、邸内がすっぽりと霊空間に覆われた。しかし、今発生している空間は、町全体を覆っている。


「一体、何が起きてるって言うんだろ……」


 そのとき、部屋の外から一段と甲高い声が響く。

 生者の声ではない。暴走により怨みに支配された霊の叫びだ。

 もしも、悪霊たちが生者の魂に釣られて自分の元へ集まってきたら。マヤはそんな可能性に恐怖し、身を震わせる。


「僕は……まだ死ぬわけにはいかないのに」


 あのときの罪を、自分はまだ清算出来ていない。いや、ここで刑期を終えたからと言って、十字架が無くなるわけではないけれど。

 少なくとも罪滅ぼしを終わらせるまでは、誰にも顔向け出来ないのだ。

 ミツヤやハルナにもそうだが、既にあちら側の世界へと旅立っている者たちとは、特に。

 あの子とは、特に。

 ここから逃げ出すべきか。今は緊急時だ、それは認めてもらえるだろう。

 でも、自分の気持ちが問題だった。マヤの根本は結局、思い込みの激しい臆病者だった。

 いくら変えようとしても、根の性格を変えることは困難だった。

 何かきっかけがあるのかもしれないが……それが今なのかもしれないが、臆病な心が邪魔をして、決断を下せないままでいた。


 ――死にたくない。


 畢竟、胸の奥深くにあるのはその思いだったけれど。

 頭に浮かんでくる人たちの表情や言葉に、マヤは動けなくなっていた。

 ……そこに。


「……ったく。情けないヤツだな、相変わらず」

「――え?」


 誰もいない筈の部屋に、マヤ以外の声が響いた。

 妄想の類ではない。明らかに、この空間の中に反響した確かな声。

 マヤは、恐る恐る振り返る。その声に、一つの心当たりがあるのを意識しながら。

 果たしてそれは、マヤの想起した人物に違いなかった。


「あ……」

「よ。久しぶりだな、マヤ」


 ――月白荘司。

 かつてマヤやミツヤとともに霧夏邸へ忍び込み、降霊術を巡る事件に巻き込まれて犠牲になった少年。

 あのときのままの彼が、霊としてマヤの眼前に立っていた。

 相変わらずの馴れ馴れしさで、マヤに笑いかけていた。


「……今だけは出るも出ないも自由だ。お前はどうしたいのさ」

「ソウシ……」

「俺は行くぜ、あいつらのところに」


 挑戦的に、ソウシは告げる。


「こういう状況でくらい、あいつらの役に立っておきたいからよ」


 彼はそのために、ここへ戻ってきたのだ。

 伍横町が霊空間に鎖されて。それをチャンスと、戻ってきた。

 そんなことが出来るということにも驚きだったが……その行動力にもマヤは驚いていた。

 死という安息から抜け出してでも……ミツヤたちの役に立つため、ソウシはここへ降り立ったのだ。

 自分が同じ立場だったら果たして来れただろうかとマヤは自問し……答えは出なかった。


「……僕は」

「行くならさっさと行こうぜ」


 ソウシは、手を差し伸べる。

 罪深き自分へ、行こうと手を伸ばしてくれている。

 マヤは……これこそがきっかけだ、と確信した。

 臆病な自分が変わるため。今、手が差し伸べられた。

 ならば、進むべき道は決まっている。

 否、きちんと決めるべきだ。


「……ありがとう、ソウシ」

「礼なんて言わんでいいさ、気色悪いぜ」

「……それでもだよ」


 彼の軽口も、むしろ心地よかった。

 マヤは必ず役に立とうと決意し……自らの意思で、牢獄から抜け出したのだった。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート