伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

一話 「君が、犬飼真美さんだよね?」

公開日時: 2020年11月10日(火) 22:57
文字数:1,247

 これは、私の記憶。

 二度とは戻らない、懐かしきあの頃の記憶である。





「……って感じじゃね? あれってさ」

「ちょっと、声が大きいわよ……」


 教室の喧騒。

 流刻園の記憶は、ただただそれに尽きる。

 束の間の休み時間に生徒たちが交わす幾つもの言葉。

 その中に、私たちへ向けられたものがあることは、いつも意識していた。


「確かに可愛いけどさあ……」

「近づきにくいわよねえ、あれじゃ」


 教室の端の席。

 誰からも話しかけられず、一人座り続ける彼女。

 その隣で、ただ彼女の孤独を埋めるように。

 私はいつも傍にいて、時折声を掛けていた。


「高嶺の花ってやつかしら……?」

「ちょっとその使い方はおかしいと思うけど……」


 私たちは、ずっと二人で寄り添っていた。

 それは、彼女の辛く苦しい過去のせい。

 誰にも知られない、いやむしろ知られるわけにはいかない過去のせいだった。

 犬飼真美。それが、彼女の名前。

 仁行通にぎょうとおる。それが、私の名前だった。

 そうだ……私たちは、ずっと二人で寄り添っていた。

 それを平穏だと、思うようにしていた。

 けれどその平穏が突然終わりを告げたのが、あの日。

 あの男が現れた日だった。


「――君が、犬飼真美さんだよね?」


 ……あの男、波出守なみいでまもるが現れた日――。





 大学へ進学した私とマミは、高校生活と同じように、殆どの時間を孤立して過ごしていた。

 けれど、やはり大学というものは高校とは違い、孤立することが周囲から浮いて見えることはなかった。

 自由な孤立。それがマミの心を落ち着かせていたのは事実だ。

 けれどそれより、彼女の心を動かすものがあったのもまた事実だった。


「ねえ、マミ」


 大学の中庭。昼下がりにぼんやりとベンチで座り込んでいる彼女に、私は話しかけていた。


「……うん?」

「最近、考え事が多いよ?」

「そうかな」


 いつだって、私は彼女の傍にいるのに。

 彼女が私を見る時間は、いつしか減ってしまっていた。


「……そうかもね」


 彼女が考えているのが何なのか、私には分かっていた。

 それでも意地悪く、聞きたくなったのだ。

 マミに訊ねている間くらいは、彼女も私のことを意識してくれていたから。

 今にして思えば、卑怯な手ではあった。


「……ああ、あいつだ」


 話している内に、奴が来た。

 マミの心の中で、その存在を強めている男。

 私とマミの間に、彼が割って入ったときから。

 二人の平穏は終わりを告げてしまっていた。


「じゃあ……俺は行くよ」


 今までの人生で、このようなことはなかったけれど。

 奴とマミが会っている間は、私は求められていなかった。

 普通の人にしてみれば、それが当然なのだろうが……マミと私の関係は、特別だったのだ。

 特別な二人の、筈だったのだ。


「……うん。またね、トオル」


 私は、次第に求められなくなっていた。

 そのことを、気付かぬふりは出来なかった。

 ……私がそっと、マミの元を去ってから。

 奴は彼女の前に立ち止まり、気障ったらしい声で話しかける。


「……こんにちは、マミちゃん。今日も一人?」


 マミはそこで笑顔を浮かべて――私に見せない笑顔を浮かべて、こう返すのだ。


「……はい、そうですけど――」

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