これは、私の記憶。
二度とは戻らない、懐かしきあの頃の記憶である。
*
「……って感じじゃね? あれってさ」
「ちょっと、声が大きいわよ……」
教室の喧騒。
流刻園の記憶は、ただただそれに尽きる。
束の間の休み時間に生徒たちが交わす幾つもの言葉。
その中に、私たちへ向けられたものがあることは、いつも意識していた。
「確かに可愛いけどさあ……」
「近づきにくいわよねえ、あれじゃ」
教室の端の席。
誰からも話しかけられず、一人座り続ける彼女。
その隣で、ただ彼女の孤独を埋めるように。
私はいつも傍にいて、時折声を掛けていた。
「高嶺の花ってやつかしら……?」
「ちょっとその使い方はおかしいと思うけど……」
私たちは、ずっと二人で寄り添っていた。
それは、彼女の辛く苦しい過去のせい。
誰にも知られない、いやむしろ知られるわけにはいかない過去のせいだった。
犬飼真美。それが、彼女の名前。
仁行通。それが、私の名前だった。
そうだ……私たちは、ずっと二人で寄り添っていた。
それを平穏だと、思うようにしていた。
けれどその平穏が突然終わりを告げたのが、あの日。
あの男が現れた日だった。
「――君が、犬飼真美さんだよね?」
……あの男、波出守が現れた日――。
*
大学へ進学した私とマミは、高校生活と同じように、殆どの時間を孤立して過ごしていた。
けれど、やはり大学というものは高校とは違い、孤立することが周囲から浮いて見えることはなかった。
自由な孤立。それがマミの心を落ち着かせていたのは事実だ。
けれどそれより、彼女の心を動かすものがあったのもまた事実だった。
「ねえ、マミ」
大学の中庭。昼下がりにぼんやりとベンチで座り込んでいる彼女に、私は話しかけていた。
「……うん?」
「最近、考え事が多いよ?」
「そうかな」
いつだって、私は彼女の傍にいるのに。
彼女が私を見る時間は、いつしか減ってしまっていた。
「……そうかもね」
彼女が考えているのが何なのか、私には分かっていた。
それでも意地悪く、聞きたくなったのだ。
マミに訊ねている間くらいは、彼女も私のことを意識してくれていたから。
今にして思えば、卑怯な手ではあった。
「……ああ、あいつだ」
話している内に、奴が来た。
マミの心の中で、その存在を強めている男。
私とマミの間に、彼が割って入ったときから。
二人の平穏は終わりを告げてしまっていた。
「じゃあ……俺は行くよ」
今までの人生で、このようなことはなかったけれど。
奴とマミが会っている間は、私は求められていなかった。
普通の人にしてみれば、それが当然なのだろうが……マミと私の関係は、特別だったのだ。
特別な二人の、筈だったのだ。
「……うん。またね、トオル」
私は、次第に求められなくなっていた。
そのことを、気付かぬふりは出来なかった。
……私がそっと、マミの元を去ってから。
奴は彼女の前に立ち止まり、気障ったらしい声で話しかける。
「……こんにちは、マミちゃん。今日も一人?」
マミはそこで笑顔を浮かべて――私に見せない笑顔を浮かべて、こう返すのだ。
「……はい、そうですけど――」
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