伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

二十三話 取込

公開日時: 2020年11月4日(水) 08:06
文字数:2,301

 ……頭の痛みで、意識が覚醒した。

 重たいまぶたを何とか開くと、そこはこれまで以上に非現実的な世界へと変貌していた。


「……ここ、は……」


 全てが青白く染まった世界。

 まるで大吹雪に襲われて何もかもが凍り付いたような。

 ……それでも、ここは確かに二年一組の教室だ。

 オレとミイちゃんが過ごした、懐かしい教室の風景だ。


「……あ、ユウサクくん」


 上体を起こすと、近くにいた彼女がこちらを振り返った。

 声からしてミイちゃんだろうと確信はしていたが……その姿は、二十年前の彼女そのものになっていた。


「ミイ、ちゃん……」

「あはは。何だろう、目が覚めたらこの姿になっちゃっててさ」


 自分でも、二十年前の容姿になったのが少し恥ずかしいのだろう、スカートを押さえてはにかみながら、彼女は答えた。

 オレからすれば、その姿こそいつものミイちゃんだ。


「……ここ、何なんだろうね」

「さあ……」


 凍り付いた教室。違う例えをするならば、ネガポジを反転したような風景。

 何となく、時間が止まった世界というような印象を受ける。映画やアニメでよくある演出というか。


「あいつの、心の中の世界……とか? はは、当てずっぽうだけどさ」

「……いえ、おおむねその通りよ」


 オレの仮説に答えてくれた声は、メイさんのものだった。どこにいるのだろうと室内を見回していると、例の眩い光とともに、彼女の姿が現れる。

 ただ、彼女の姿はミイちゃんと違い、音楽室で見た半透明な状態のままだった。更に言えば、時折ノイズのようにその姿がブレている。


「メイさん……」

「メイさんって……ああ、吹奏楽部の特別顧問だった?」


 ミイちゃんはオレと同じく当時のことを知っているため、メイさんのことも名前を聞いただけで思い出したようだ。


「ミオくんに話を聞いたおかげで、何とか介入できたわ。でも、会話をするのが精一杯ね」


 相変わらず目元は見えなかったが、メイさんが苦しげな表情をしているのは分かる。かなり霊体に負担がかかっているようだ。


「ここは、玉川理久くんの記憶世界よ。別な表現をすれば、確かに心の中の世界とも言えるわ」

「……どうしてオレたちはこんなところへ」

「それは、リクくんがあなたたち二人の魂の力を吸収し、ある程度の力を取り戻して……計画を完了させるためだと思うわ」


 吸収。

 たしかにリクは、ガラス瓶の中からその正体を見せた直後、オレたちの魂を自らの元へ引き寄せた。

 それは、自分の中にオレたちを引き込み、生命力を吸い尽くすためだったということか。

 なら、ここにいればいるほど、オレもミイちゃんもあいつに力を奪われ続けてしまうわけだ……。


「計画の完了って……?」

「ミイちゃんも分かってると思う。あいつは、自分が手にした全部を自分で壊そうとしていた。だから、オレたちを殺して、その上で僅かな時間でも現実に蘇り……最後の生き残りも殺すつもりなんだ」

「ミイナを……?」

「……恐らくね」


 オレの考えに、メイさんも同意してくれる。

 狂気が辿り着く答えなんて、単純極まりないものだ。そして、だからこそ恐ろしい。


「このまま闇雲に動き回っても、ただ力を吸収されるだけのはず。だから……そうね。この世界の繋がりを分断できればいいのだけど」

「分断?」

「ええ。この体はユウサクくん、あなたのもの。そしてそこに、ユウキくんとリクくんという二つの魂が強引に詰められている。なら、その繋がりを断つことができれば、リクくんの魂は弾き出されるはず。そのとき溜め込んだ力も、引き剥がせれば申し分ないのだけれどね」


 今のところ、オレたちの魂は全てオレの肉体に詰め込まれているらしい。そこからリクの魂だけをどうにか切り離せれば……という感じか。

 元の宿主がオレ自身であることが、僅かな希望なのだろうが……切り離すにしても、その方法がさっぱり分からない。


「……どうすれば?」


 訊ねてはみたが、メイさんもその具体的な方法は思いつかないようで、申し訳なさそうに首を振る。

 その動作の間に、彼女の姿は大きくブレた。


「ごめんなさい、もう限界みたいね」

「……これ以上、留まれませんか」


 メイさんはリクにとって、ただの侵入者だ。これだけ留まって話をしてくれただけでも十分過ぎる、か。


「方法は、浮かばないけれど……この世界でのリクくんを拒絶することができれば、きっと」


 そこで、ふつりと言葉が途切れる。

 後は僅かな余韻だけを残し、メイさんの姿は跡形もなく消え去ってしまった。

 ……結局、状況と方向性だけは何とか把握出来たものの、ここで何をすればいいのかは、分からないままだ。

 あても無しに、とりあえず進んでいくしかないのだろう。


「……はあ。最後にして最大の面倒事だな」

「そだね。まさか、こんなことになっちゃうなんて」


 そう言いながらも、ミイちゃんはどこか楽しそうだ。


「でも、全然怖くないよ。ユウくんが、そばにいてくれるんだもんね」

「……遅くなってごめんな」

「いいんだよ。この瞬間だけでも……嬉しいから」

「はは、同感だ」


 オレにとっては数時間ぶりで。

 ミイちゃんにとっては、数十年ぶりの、二人の時間。

 願わくばこのまま、時が遡ればいいのにと思ってしまうけれど……馬鹿な夢は、それくらいにしておく。


「さ、五里霧中だけどとりあえず行こうか。こんな世界……オレがさっさと拒絶してやるさ」

「頼りにしてるよ、ユウくんっ」


 と、急にミイちゃんが両手を広げてオレに抱き着いてくる。

 あまりに唐突だったので、オレは驚いてガチガチに固まってしまった。


「うおっ、やめろいい年して」

「今は十六歳ですよーだ!」


 そりゃ、確かにそうだけど。

 というツッコミを心の中で入れながら、それでもオレは、暫くの間彼女の抱擁に身を任せているのだった。

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