……ただ、暗闇だけが辺りを満たしていた。
その深い闇の中で、衣擦れの音は殊更に大きく聞こえてくる。
音の主は、最早一メートル先も判然としないはずの世界で、しかしそれを感じさせることなど微塵もなく、ただ黙々と作業を続けている。
そして――その作業が終わる。
彼は、長い年月を掛けて行ってきたそれが、ようやく完成されたことに、満足気な息を吐いた。……ほう、とただ一つきり。それからすぐに身を翻し、傍にあった燭台に火を灯した。
世界は光を取り戻す。
「……ようやく」
男は口を開く。だが、その口元は気味が悪いほどに吊りあがったまま動いてはいない。彼の目元も、同じように吊りあがった状態で、張り付いている。
それは、仮面だった。
ドール。仮面の男と呼ばれ、とある学園では七不思議の一つだとして畏怖されるような存在であった男。この町――伍横町で、幾度も降霊術の実験を行い、数多くの人々を悲劇の渦中へ巻き込んでいった男……。
「ようやく、時が来たのだな」
そのドールが、今、ゆっくりと、自身の仮面に手を伸ばしながら、呟く。
「……君を呼び戻す、その時が」
仮面が取り去られる。……そこに晒される素顔は、……人形。
マリオネットのような、両目の部分に縦に走る筋が見える、人形の顔。
彼は、小さな燭台を手に持ち、そして、彼が今しがた完成させたそれの前で、掲げるようにする。
それが、照らされる。
「――美しい」
例えるなら――それもまた、一つの人形であった。
継ぎ接ぎだらけの、歪な人形。
首が、腕が、足が。
黒く太い糸によって縫い合わされ、繋がっている。
その一つ一つが、本物の、人間の肉体。
選ばれた、パーツ。
「君のために、私が選んだ……器だ」
その目は虚ろ。人形の瞳。けれど、もしもドールに人間としての肉体があったとすれば……その目は、狂気に濁っていただろう。彼の辿った道は、彼を狂わせるに十分なものだったのだから。
だから、人形である彼は、そう――壊れていた。ただ一つの動作を繰り返すしかなくなったオートマタのように、壊れていたのだ。
「……待っていてくれ。もう少しだけ」
人形の口をカタカタと動かして、彼は囁く。今はまだ生無き、継ぎ接ぎの人形の耳元で。
――マミ。
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