ハルナの号令で解散の運びとなった後、メンバーは自分の部屋を確かめに行ったり、せっかくだからと探検に繰り出したりした。俺も他にやることがなかったので、ぶらぶらと邸内を散策してみることに決める。
「ね、ミツヤくん」
席を立ったところで、声をかけてきたのはハルナだ。いつも通り声色は明るいが、どうも表情には翳りがある。
「どうした?」
「いやあ、誘い方がちょっと強引だったなって今更思ってるんだけど……嫌じゃなかった?」
「気にしてないよ。ああ、いつものハルナだなって」
「そ、そう。なら良かった。……ここにはどうしても、ミツヤくんと一緒に来てみたかったから」
「な、何だそりゃ」
こんな心霊スポットに俺を連れてきたかった理由。あまり良い可能性は思いつかないのだが。
「いやいや、怖がらせたいとかそんなんじゃなくてね? まあ……来てほしかったのよ、うん」
「心細かったか?」
「そんなんでもないー! ……とも言えないか。あはは、呼び止めてごめんね、それじゃ私は探索に行ってきます!」
「はいよ、気を付けろよ?」
「分かってます!」
頬を膨らませて言うと、彼女は早足で俺の前から去っていった。……全く、お転婆少女だ。そういうところが一緒にいて退屈しなかったりするのだが。
多分、あいつが計画したから、ちゃんとこの七人が集まったんだろうな、と思う。ありがたい限りだ。
「……さて、と」
まずはどこから探索しようか、と考えながらぼんやり食堂内を見回すと、タカキが隅の方で何かをじっと見つめているのが目に留まった。
どうやら、さっきマヤが気にしていた麻雀牌を見ているようだ。
「よう、タカキ」
「ああ、ミツヤ。……何なんだろうね、これは」
「さあ……。字牌ばっかり並んでるけど、インテリアのつもりだったりするのかね」
「流石にないでしょ。どちらかと言えば、呪術的な意味合いがあるって方がしっくりくるね」
呪術的な意味合い、か。なるほどそれはあながち間違いではない気がする。
「確かに、そういう邸宅だもんな。……もしもこれがインディアン人形だったら、見た瞬間にビビってたかもしれないけどさ」
「ふ、それだとホラーじゃなくてミステリだね」
ちょっと怖がらせてやろうかと思ったのだが、タカキはそういう類のものが好きなのか、少し楽しげだった。中々の強者かもしれないな。
「……そんじゃ俺はぶらぶらさせてもらおうかな。タカキはどうするんだ?」
「僕は面倒だから、ここにいるか部屋で休ませてもらうよ」
「そっか」
タカキらしい返答だ。俺は一つ頷くと、彼と別れて散策を始めるのだった。
*
玄関ホールにはサツキがいて、花瓶に活けられた花をまじまじと見つめていた。何となく声を掛けてみると、彼女は首を傾げて言う。
「この花、造花じゃなくて本物みたいなのよね……」
その理由までは俺にも分からなかったが、霊を供養するために誰かが持ってきているのかもと脅かすと、サツキは怒って俺にあっちへ行けと手で払ってきた。悪ふざけが過ぎたか。
そそくさと退散した俺は、そのまま西側の廊下を進む。廊下には絵画や西洋の甲冑などが置かれてあり、洋館らしさを引き立たせている。
廊下は右に折れ、突き当たりには両開きの扉。それは半分開いていて、すでに誰かが中にいる気配があった。
「おう、ミツヤか」
部屋の中に入るや否や声を掛けられた。奥にはソウシがいて、ずらりと並ぶ本棚の中から本を抜き取ってはパラパラ捲っている。どうやらここは図書室のようだ。
「図書館とお前って、なんか合わないな」
何となく思ったままのことを口に出すと、ソウシは腕を組みながら、
「失敬な。……まあ、ほんの内容に興味があったわけじゃないんだが。背を眺めてるだけで、妙な偶然に気付いてさ」
「偶然?」
「ほら、ここにある推理小説の著者名」
彼が指差す場所を見てみると、そこには推理小説が見事に揃えられている。しかも、その背表紙に書かれた著者名は全て、俺たちの名前の一部が入っているのだ。
「……北村、それに……篠田、山口」
「そう、面白いことに俺たちと同じ名前の著者が書いたものばかりがここにあるんだ。百合香のは、外国の人だけどさ」
「ああ……河南でコナンと読むわけね」
「そうそう。まあ、カワナミとコナンじゃ結構違うけどさ。こんな偶然ってあるもんなんだな」
「だな。怖くなっちまいそうだ」
俺が笑うと、ソウシもまた釣られて笑った。
「そう言えば、そのユリカちゃんとは一緒じゃないのか」
「ん? そりゃあ四六時中一緒にいるわけじゃねえさ。ユリカなら、一旦自分の部屋に戻ったはずだぜ」
「203号室だったか。誰がどの部屋かはやっぱり覚え辛いな」
「男の部屋だけ覚えとけばいいんだよ」
その台詞はきっと、ユリカちゃんへちょっかいをかけるなという警告だろう。肝に銘じておくことにする。
「じゃ、俺はまた探索に戻るよ」
「はいはい、お前のお姫様にでも付き合ってやりな」
「誰だよそれ」
「あっ、酷えな」
軽口を叩くソウシから目を背け、俺はさっさと図書室を抜け出た。あいつと話していると楽しいが、疲れるときも多いな。
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