伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

二十七話 流刻園幻想

公開日時: 2020年11月6日(金) 21:28
文字数:2,489

 リクの記憶世界の崩壊とともに、中にいたオレとミイちゃん、そしてユウキも現実世界へ戻ってきた。

 無論それは、魂のみの存在としてではあるけれど。

 戻ってきた場所は校長室で。

 そこにはちょうど、ミオさんとミイナ、エイコちゃんも待機してくれていた。


「……無事に戻ってきたね、みんな」


 ミオさんが、ほっと安堵の息を吐く。

 手に空っぽのガラス瓶を持っているところから察するに、この校長室でミオさんたちも戦ってくれていたのかもしれない。

 現実と記憶の世界、双方からリクの力を弱めたことで、オレたちはあいつに打ち勝つことが出来たのだ。

 そうして、あいつは消えていった……。


「気が付けば勢揃いだな……」


 ユウキの声をちゃんと聞けたのは、これが初めてかもしれない。やっぱり彼も、オレにとてもよく似ている。姿は勿論分かっていたけど、雰囲気もそうだ。

 新垣勇気。ミイナと同じく、オレとミイちゃんの子ども。

 全く身に覚えがないのに我が子がいるとは不思議なものだ。


「ユウキくんっ!」

「うわっと、エイコちゃん……」


 感極まって、エイコちゃんがユウキに抱きつく。

 互いに霊体なので、その体は決してすり抜けたりしなかった。


「……ただいま、ミオさん。……ミイナも」

「う、うん。……ユウサクさん、お母さん」


 戻ってこれたというのに表情が晴れないので、心配したミオさんが、


「……浮かない顔、してるね?」


 と、オレに投げかけてくる。


「……いいえ、大丈夫です。ミイちゃんの言う通り、全部終わったんだから……それで良しとしますよ。そうするしか、ないんだし」

「……そっか」


 リクの笑顔。

 きっとオレに出来ることは、彼の存在を忘れぬよう、最期の言葉を守るくらいだ。

 そうすれば、何もかもが無くなってしまった彼を、それでも存在したんだと言えるから。


「……あのさ、エイコちゃん」


 互いの体を離してから、ユウキが改まった態度でエイコちゃんの名前を呼んだ。突然の変化に彼女は驚き、


「……な、なにかしら?」


 言葉を詰まらせながら聞き返す。


「そのー……こんなことになってからで、あんまりにも遅すぎるけどさ。俺、幸せな恋のかたちっていうのがようやく、分かったと思うんだ」


 そこでユウキは、照れ臭そうに鼻の辺りを擦りながら、オレとミイちゃんの方を見る。

 幸せな恋のかたち、か。ユウキもきっと、記憶世界の中でオレたちの思い出を垣間見たんだろう。

 とても幸せで、温かな日々の思い出を。


「はは。……まあ、だからね? 俺からちゃんと言います」


 ユウキは一つ深呼吸をして、いつかの告白に改めての答えを返した。


「好きだよ、エイコちゃん」


 曇り一つない純粋な答えに。

 エイコちゃんは感激のあまり涙すら流しながら、もう一度ユウキの懐に飛び込むのだった。


「ユウキくん――!」

「わっ、泣きすぎだよ馬鹿……」


 胸に顔を埋めるエイコちゃんに、ユウキは優しくその頭を撫でている。

 初々しいけれど、素敵な青春だ。

 その青春が、この世界で続いてほしかったものだけれど。


「恋はいいねえ」

「だねー……昔の私たち、見てるみたい」

「オレにとっちゃそれ、数時間前なんだぜ?」

「へへ……そうだったね」


 時は万物を運び去る。誰かの名言だったか。

 そう、けれども変わらないものがあると、信じていたいのだ。

 大切な人との繋がり。それは決して運び去れやしない。

 ずっとずっと、途切れることなく在り続ける筈だ。


「……夜が、明け始めたね」


 窓から入る光に気付いて、ミオさんが呟いた。

 既に流刻園の封印は解かれ、現実は正しい時間を刻み始めている。


「もう……魔法が解ける時間ってところかな」


 ミオさんの言う通り、これは魔法みたいなものだったのかもしれない。

 本来ならオレは、あの日屋上で魂を抜かれたまま……果てなく彷徨うことになっていただろうから。

 こうして再び戻ってこれたこと。ミイちゃんと思いを確かめられたこと。

 それは、魔法か奇跡かだったということだ。


「ごめんね、ミイナ。あなた一人を置いていくことになってしまって。これからずっと長い間……ミイナには、寂しい思いをさせてしまうと思う」


 ミイちゃんが母親として、ミイナに言葉をかける。

 リクの暴走によってオレたち一家は惨殺され……残されたのはミイナだけになった。

 父親も母親も、そして兄弟すらも喪って。たった一人になる彼女の気持ちを考えると、あまりにも胸が痛い。

 それでも、これを現実として背負い、生きていくしかないのだ。

 生きていってほしいのだ。


「……でも、ミイナなら大丈夫だよね? だって……わたしとユウくんの、娘なんだもの」

「そうだぜ。どんなときだって、何でもないんだと笑い飛ばしてやるんだ。そして、元気で生きてけ……ミイナ」


 生と死。こんなに近いのに、遠くなってしまったオレたちだけど。

 遺せるものはもう、言葉くらいしかないけど。

 せめてその言葉を、心を込めて伝える。

 オレたちは、ミイナの親なのだから。


「……うん。ありがとう、お母さん……お父さん」


 絶対に、胸が張り裂けそうなほどに苦しい筈なのに。

 ミイナは、オレたちに笑顔を浮かべてくれた。

 せめて最後の瞬間だけは、元気でお別れしようと思ってくれているのだろう。

 流石はオレたちの娘だな、と思う。

 ミイナなら……強く、生きていけるさ。


「……これでお別れだけど、最後じゃないぜ。長いお別れでも、オレたちはまたいつか、必ず会える」

「だね。……それまでの、ちょっぴり長い、お別れ」

「そう。それが生者と死者の、お別れのかたちなんだよね……」


 オレたちの言葉に、ミオさんも同意してくれる。

 彼もまた、大切な人との長いお別れを経験したであろう人だ。

 思いを分かってくれるのは、とても嬉しいことだった。


「お父さん、お母さん、ユウくん、エイコちゃん! また――また、会う日まで……!」


 朝陽が強くなるとともに、姿を失っていくオレたちに。

 ミイナは声を張り上げ別れを告げる。

 だから、オレたちも出来る限りの笑顔と言葉で、それに応えた。


「えへへ。また会う日まで、ね」

「ええ……それまで、少しだけ」

「さようなら。オレの、オレたちの大切な――」


 ――ミイナ。


 そしてオレたちは、こちら側からあちら側の世界へと、旅立っていくのだった――。

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