リクの記憶世界の崩壊とともに、中にいたオレとミイちゃん、そしてユウキも現実世界へ戻ってきた。
無論それは、魂のみの存在としてではあるけれど。
戻ってきた場所は校長室で。
そこにはちょうど、ミオさんとミイナ、エイコちゃんも待機してくれていた。
「……無事に戻ってきたね、みんな」
ミオさんが、ほっと安堵の息を吐く。
手に空っぽのガラス瓶を持っているところから察するに、この校長室でミオさんたちも戦ってくれていたのかもしれない。
現実と記憶の世界、双方からリクの力を弱めたことで、オレたちはあいつに打ち勝つことが出来たのだ。
そうして、あいつは消えていった……。
「気が付けば勢揃いだな……」
ユウキの声をちゃんと聞けたのは、これが初めてかもしれない。やっぱり彼も、オレにとてもよく似ている。姿は勿論分かっていたけど、雰囲気もそうだ。
新垣勇気。ミイナと同じく、オレとミイちゃんの子ども。
全く身に覚えがないのに我が子がいるとは不思議なものだ。
「ユウキくんっ!」
「うわっと、エイコちゃん……」
感極まって、エイコちゃんがユウキに抱きつく。
互いに霊体なので、その体は決してすり抜けたりしなかった。
「……ただいま、ミオさん。……ミイナも」
「う、うん。……ユウサクさん、お母さん」
戻ってこれたというのに表情が晴れないので、心配したミオさんが、
「……浮かない顔、してるね?」
と、オレに投げかけてくる。
「……いいえ、大丈夫です。ミイちゃんの言う通り、全部終わったんだから……それで良しとしますよ。そうするしか、ないんだし」
「……そっか」
リクの笑顔。
きっとオレに出来ることは、彼の存在を忘れぬよう、最期の言葉を守るくらいだ。
そうすれば、何もかもが無くなってしまった彼を、それでも存在したんだと言えるから。
「……あのさ、エイコちゃん」
互いの体を離してから、ユウキが改まった態度でエイコちゃんの名前を呼んだ。突然の変化に彼女は驚き、
「……な、なにかしら?」
言葉を詰まらせながら聞き返す。
「そのー……こんなことになってからで、あんまりにも遅すぎるけどさ。俺、幸せな恋のかたちっていうのがようやく、分かったと思うんだ」
そこでユウキは、照れ臭そうに鼻の辺りを擦りながら、オレとミイちゃんの方を見る。
幸せな恋のかたち、か。ユウキもきっと、記憶世界の中でオレたちの思い出を垣間見たんだろう。
とても幸せで、温かな日々の思い出を。
「はは。……まあ、だからね? 俺からちゃんと言います」
ユウキは一つ深呼吸をして、いつかの告白に改めての答えを返した。
「好きだよ、エイコちゃん」
曇り一つない純粋な答えに。
エイコちゃんは感激のあまり涙すら流しながら、もう一度ユウキの懐に飛び込むのだった。
「ユウキくん――!」
「わっ、泣きすぎだよ馬鹿……」
胸に顔を埋めるエイコちゃんに、ユウキは優しくその頭を撫でている。
初々しいけれど、素敵な青春だ。
その青春が、この世界で続いてほしかったものだけれど。
「恋はいいねえ」
「だねー……昔の私たち、見てるみたい」
「オレにとっちゃそれ、数時間前なんだぜ?」
「へへ……そうだったね」
時は万物を運び去る。誰かの名言だったか。
そう、けれども変わらないものがあると、信じていたいのだ。
大切な人との繋がり。それは決して運び去れやしない。
ずっとずっと、途切れることなく在り続ける筈だ。
「……夜が、明け始めたね」
窓から入る光に気付いて、ミオさんが呟いた。
既に流刻園の封印は解かれ、現実は正しい時間を刻み始めている。
「もう……魔法が解ける時間ってところかな」
ミオさんの言う通り、これは魔法みたいなものだったのかもしれない。
本来ならオレは、あの日屋上で魂を抜かれたまま……果てなく彷徨うことになっていただろうから。
こうして再び戻ってこれたこと。ミイちゃんと思いを確かめられたこと。
それは、魔法か奇跡かだったということだ。
「ごめんね、ミイナ。あなた一人を置いていくことになってしまって。これからずっと長い間……ミイナには、寂しい思いをさせてしまうと思う」
ミイちゃんが母親として、ミイナに言葉をかける。
リクの暴走によってオレたち一家は惨殺され……残されたのはミイナだけになった。
父親も母親も、そして兄弟すらも喪って。たった一人になる彼女の気持ちを考えると、あまりにも胸が痛い。
それでも、これを現実として背負い、生きていくしかないのだ。
生きていってほしいのだ。
「……でも、ミイナなら大丈夫だよね? だって……わたしとユウくんの、娘なんだもの」
「そうだぜ。どんなときだって、何でもないんだと笑い飛ばしてやるんだ。そして、元気で生きてけ……ミイナ」
生と死。こんなに近いのに、遠くなってしまったオレたちだけど。
遺せるものはもう、言葉くらいしかないけど。
せめてその言葉を、心を込めて伝える。
オレたちは、ミイナの親なのだから。
「……うん。ありがとう、お母さん……お父さん」
絶対に、胸が張り裂けそうなほどに苦しい筈なのに。
ミイナは、オレたちに笑顔を浮かべてくれた。
せめて最後の瞬間だけは、元気でお別れしようと思ってくれているのだろう。
流石はオレたちの娘だな、と思う。
ミイナなら……強く、生きていけるさ。
「……これでお別れだけど、最後じゃないぜ。長いお別れでも、オレたちはまたいつか、必ず会える」
「だね。……それまでの、ちょっぴり長い、お別れ」
「そう。それが生者と死者の、お別れのかたちなんだよね……」
オレたちの言葉に、ミオさんも同意してくれる。
彼もまた、大切な人との長いお別れを経験したであろう人だ。
思いを分かってくれるのは、とても嬉しいことだった。
「お父さん、お母さん、ユウくん、エイコちゃん! また――また、会う日まで……!」
朝陽が強くなるとともに、姿を失っていくオレたちに。
ミイナは声を張り上げ別れを告げる。
だから、オレたちも出来る限りの笑顔と言葉で、それに応えた。
「えへへ。また会う日まで、ね」
「ええ……それまで、少しだけ」
「さようなら。オレの、オレたちの大切な――」
――ミイナ。
そしてオレたちは、こちら側からあちら側の世界へと、旅立っていくのだった――。
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