伍横町から電車で数駅のところにある某大学。
その中庭で、僕と彼女は二人、行き交う生徒たちを眺めながら言葉を交わしていた。
陽射しは眩しいくらいで、夏の訪れをだんだんと感じさせる暖かさになってきている。
日向にいると汗をかくほどなので、僕たちは日陰ができている校舎の壁に寄りかかっているのだった。
「……もうすっかり、元気になったね?」
隣の彼女――アキノちゃんは、可愛らしいワンピースを着込み、髪を後ろで束ねていて清楚な感じだ。男子学生たちが時折立ち止まるのが面白い。
目が覚めた直後は不健康で髪も伸び切っていたけれど……あの頃の面影はもうすっかり無くなっていた。
「最初は大変だったけど……マスミさん、リハビリ手伝ってくれたから」
「そばについてただけさ。頑張ったのはアキノちゃんだよ」
「……えへへ」
アキノちゃんは照れ臭そうに笑う。
その笑顔は、どことなく幼げに見えた。
肉体的には十七歳だが、やはり精神的にはまだ十四歳。
体と心には、三年分の開きがあるのだ。
だから今、彼女はそれを取り戻そうと毎日頑張っている。
「私、絶対この大学に入るからね。……三年分遅れちゃってるけれど、必死に勉強するから」
校舎を見上げながら、アキノちゃんは強い口調で僕に告げる。
「だから……マスミさん、また手伝ってね?」
「うん、もちろん。……頼まれちゃったからね」
彼女の姉二人から、しっかり面倒を見てほしいと頼まれたのだ。
その約束を反故にするつもりはない。
僕は必ずこの子を幸せにすると、誓ったのだ。
……何だかそう表現すると婚約したみたいだが……まあ、近からずとも遠からず、なのかもしれないか。
「……ミオさん、最近見かけないね?」
「ミオは、しばらく大学には来ないと思う」
事件以降、何度か話す機会があったのだが、最後に会ったとき、彼の決意を聞かせてもらっていた。
だから、彼が今何をしようとしているかは知っている。
「……例の人を、探しに?」
「ああ。ドールと名乗った謎の人物をね」
全てが謎に包まれた仮面の男、ドール。
彼の目的は降霊術による死者の蘇生だと言うが……具体的にこの町で何をしているかが分からない。
これからこの町で、何が引き起こされるのかが分からない。
「……復讐したいから、とか?」
「ううん、それは違う。ミオは、ちゃんと僕に告げていった。ドールを追う理由をね」
ドールの思うがままに操られ、一連の悲劇の引き金を引く役割を担ってしまったミオ。
そんな彼の思いは、けれども決してマイナスなものではなかった。
「降霊術によって悲しい結末を迎えてしまう人が、もうこれ以上増えないように。……そのために、ミオはドールを追っていったんだよ――流刻園にね」
流刻園。
三神院にてドールと対峙した際、奴が口にしていた次の目的地。
次なる悲劇の舞台。
その引き起こされるであろう悲劇を防ぐため、ミオは旅立ったのだ。
「……ミオさんなら、できると思う。私には、分かるよ」
でも少し寂しいけれど、とアキノは呟く。
「そうだね、僕も寂しいよ。だけど……応援してる」
「……うん」
悲劇の連鎖を断ち切るために。
ドールの目論見を、彼が止められることを。
それを信じながら、僕たちはこの町で生きていく。
残された僕たちは、幸せを創っていかなくちゃならないから。
「……ね、アキノちゃん」
「何? マスミさん」
アキノちゃんは、可愛らしく小首を傾げる。
やっぱり姉妹らしく、ヨウノやツキノちゃんの面影を感じさせる顔立ちだ。
「ええっと。……今日、僕の家に来てくれないかな?」
「え? えっと、その……どうして?」
「……快気祝いのつもりもあるし、それにさ」
ちょっと勇気が必要だったけど……僕は彼女へ告げる。
「……ほら、もう過ぎちゃったけれど。君の誕生日会だって、まだ開いてなかったんだしさ――」
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