「……これは、写真立てですね」
私よりも先に、エオスがどこか嬉しそうに言う。
「私と妹たちの写真だ。……ふふ、懐かしい」
これを撮ったのはいつ頃のことだったか。まだ両親が生きていた頃だから、十年ほどは前だろう。
「私たちは、三人姉妹でね。妹たちからはお姉ちゃんお姉ちゃんって、慕われてたんだ」
その場面も、その声も。いつのまにか簡単に思い出すことが出来るようになっていて。
何故か視点は空の上からだったけれど。その懐かしい一幕は、私の涙腺を緩ませるに十分なものだった。
『ヨウノお姉ちゃんは凄いなあ、男の子たちを追い払っちゃうんだもん』
『うん。ありがとう、ヨウノお姉ちゃん』
妹たちが口を揃えて感謝するのに、姉である私は胸を張って答える。
『当たり前だよ。私、お姉さんなんだもんね。妹たちが楽しく遊べるように、守ってあげないといけないもん』
妹を守るのが、姉の役目。
それを、誇りに思っていたはずだ。
『嬉しいよ、ヨウノお姉ちゃん』
『うん。毎日楽しくいられるのは、お姉ちゃんのおかげだね』
『いつまでも、三人で楽しくいられたらいいな。仲のいい姉妹でいたい』
『ふふ、そうだねー』
遠い昔。もう戻らない、澄み切った美しい日々だ。
そう……戻ることのない。
「懐かしい思い出だな。私たち、三人の」
そのとき、ふいに激しい目眩が私を襲った。あまりの強さに、私は立っていられなくなり壁に手をつく。
「……う、気持ち悪い」
「大丈夫ですか……?」
エオスが心配そうに覗き込んでくる。冷や汗が滲んでくるが、私はなんとか落ち着こうと試みつつ、
「……うん。何だろう……ちょっと、変な気持ちに」
「変な気持ち……?」
「自分でもハッキリとは分からない、けど。何か違和感のようなものがあって」
私の言葉を遮るように、そこでまた世界が鳴動を始め。
奥へ向かうための道が生み出されたのだった。
「……道がかかりましたね。魂が修復されていっている証です」
「そんなものなんだね……」
「ええ。先へ進みましょうか」
何だかはぐらかされたような感じもしたが、いずれにせよエオスの言う通り、私は先へ進み続けるしかない。
修復された床を越えた先に、扉があった。そのノブを回そうと試みたが、どうやら鍵がかかっているらしく、ガチャガチャと虚しい音を立てるだけだった。
「施錠されていますか。どこかに解錠できる鍵があるのかもしれませんね」
「鍵かあ……」
記憶の世界だというのに、そういうものが必要だというのはやけにリアルな話だ。……まあ、記憶の引き出しを開けるための鍵、というようなイメージを持てばいいのだろうけれど。
とにかく鍵らしきものがどこかに置かれていないか、私は周辺を見回してみる。床や机の上には特徴的なものなどないけれど……視線を少し上にしてみると、気になるものを発見した。
「あ。……本棚の上に何かある」
「木箱、ですかね」
「鍵が入ってたりしないかな……」
鍵の形状も、そもそも物質的なものなのかも分からないので、とりあえず思いついたことを試してみるしかない。私はとてとてと本棚の前まで歩き、爪先立ちになりながら、棚の上の木箱を取ろうとした。
でも、私の身長では木箱に手が届かなかった。
「うーん、届かないか。何か台になるものがあればいいけど、この辺りには……ないなあ。エオス、飛べないの?」
「仮に飛べたとしても、私は直接手を貸せませんので」
まあ、これは私に向けた試練であるわけだし、彼女が介入できなくても無理ないことか。楽なことを考えるのはやめにしよう。
それにしても……。
「むう……どうしよう」
私はしばらくの間、良い方策も思いつかずにぼうっと木箱を見つめているしかなかった。
…………
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