伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

十七話 「君の真っ直ぐな心を」

公開日時: 2020年11月28日(土) 00:31
文字数:2,637

 目が覚めたとき、マスミは自身が先ほどまでとは別の場所に倒れていることに気付いた。

 視線の先にあるのは、星空ではなく白い天井。それだけで今いるのが屋内であることは理解出来た。


「……ここは……」


 ズキズキと痛む頭を手で押さえつつ、マスミは上体を起こす。硬い床に倒れていたせいか、背中や腕も痛かった。

 清潔感のあるベッドに、見舞客用のパイプ椅子。

 小さな冷蔵庫と、簡易テーブル。

 覚醒したばかりで混乱しているマスミでも、ここがどこであるのかはすぐに分かった。

 懐かしい場所。かつてこの場所を目指して、自分たちは奔走したものだ。


「三神院の、病室か……」


 どうしてこんなところに移動したのか。当然ながら疑問には感じたが、降霊術は神秘なる儀式だ。

 ましてドールが計画したように、その力が増幅されたのだとしたら……霊脈のようなものが通る地点に飛ばされることもあるかもしれないと、無理矢理結論付けることにした。

 考えていても、今は仕方ないことだ。

 それより、ここには自分一人しかいないのだから、早く他のメンバーと合流すべきだろう。マスミはすぐに気持ちを切り替え、立ち上がった。


「よし、行こう」


 数ヶ月前まで、アキノが眠っていた病室。

 再びその場所と訣別するように、彼は扉を開け、部屋を立ち去る。

 明かり一つない、暗闇の廊下。

 深夜零時を過ぎた頃なので、歩き回っている人は勿論いないだろうが……人の気配そのものが感じられない。

 そして、壁や床に薄っすらと浮かんでいる亀裂が、マスミに儀式の成功を教えてくれる。

 この町はもう、霊空間と化しているのだ。


「……やっぱりね」


 前方から、微かに聞こえるもの。

 それは生ある者の足音でも声でもない。

 ふわり、ふわりと彷徨うように移動する、霊たち。

 降霊術の暴走により、悪意に蝕まれた悪霊たちの発する音だった。


 ――気を付けて行かないといけないな。


 ごくりと、生唾を飲む。

 一瞬の油断が、間違いなく命取りになるだろう。

 一人で飛ばされた以上、助けも期待は出来ない。

 マスミはゆっくりと深呼吸し……覚悟を決めて、悪霊蔓延る院内からの脱出を目指す。

 彼がいた病室は四階だったので、中央階段から一階まで下りようと移動する。

 院内に他のメンバーが飛ばされている可能性もあったが、まずは出口まで辿り着いて脱出経路を確認しておきたいと考えたのだ。

 ただ、マスミはすぐに立ち止まらざるを得なくなる。

 何故なら、三階の階段前にはどっしりと構えて動かない悪霊がいたからである。


「……これじゃ通れないな」


 現れた悪霊たちはみな、意思もなく漂うものばかりだったのだが、時たま例外は存在するようだ。とは言え、留まる悪霊にも特段意思はないのだろうが。

 とにかく、進路を塞ぐその悪霊は何とか排除しなくてはならない。マスミはその方法を考え、悪霊の注意を引き付ける物がないかどうか、近くを探してみることにした。

 四階に引き返し、まずは売店へ。様々な商品が陳列されているが、中々いい物は見つからない。ガラス瓶の飲料でもあれば、割れた音で気を引けるかもしれなかったが、生憎ここにあるのはペットボトルのものだけだ。

 最悪これを転がそうかと、一先ず保留にしてから、マスミは病室のある反対側の廊下へ向かう。

 そして最初に入った部屋で、幸運にも丁度いいアイテムを発見した。

 サッカーボールだ。


「……子どもの患者さんがいたのかな」


 ボールには拙い字で名前のようなものが書かれている。幼い子どもの字なので、判読することは出来なかったが、とりあえずボールの持ち主に心の中で謝って、悪霊排除のために借りていくことにした。

 三階に戻り、悪霊の前を横切るようにボールを転がす。すると思惑通り、悪霊はボールに反応してそれを追いかけていった。それなりに勢いをつけていたので、ボールも悪霊も闇の向こうへと消えて見えなくなる。


「……よし」


 これで障害は無くなった。

 マスミは柄でもないと思いつつも、手で小さくガッツポーツをしてから一階まで下りていった。

 一階の受付にも、悪霊たちは彷徨していた。以前の事件で、霊空間と化した三神院を探索したときでさえ、これほどの霊が現れることはなかったので、自分たちが行った儀式の規模にはつくづく驚くばかりだ。

 悪霊の進路上に立たないよう注意は払いつつ、マスミは出入口を目指して進む。

 ――と。


「……あれは……」


 出入口の自動ドア前に、また立ち尽くしている霊がいるのが見えた。悪霊か、と一瞬考えたのだが、どうも雰囲気が違っている。

 初老の男性。彼はどうやら悪しき気に中てられていない、健常な霊のようだった。

 一人でいることの不安もあり、情報収集がてら、マスミは男に話しかけてみることにした。幸い、出入口前は他の霊も少なく、多少留まっていても問題はなさそうだった。

 男の霊も、マスミが近づいてくるのを察知して、体をマスミの方へ向ける。


「……君は、どうやら生者のようだね」

「ええ、まあ。ここに飛ばされてきてしまったみたいで」

「迷い込んだ、というわけではなさそうだ」


 マスミの落ち着きようもあってか、男性は彼が只者でないことを見抜いたようだった。

 素性を知られることに抵抗はないので、マスミはこれまでの経緯を簡単に説明する。

 人を探していること、その人を巡る事件が起きていること、事件に関連して降霊術が発動したこと……死者である男性も、降霊術というものの存在は意外だったようで、マスミの話を面白そうに聞いていた。


「なるほど。君やその仲間たちは、町の人々を守るために術を使ったというわけか」

「まあ……そうなります。目指すのは、この事件の解決ですけど」


 解決。長く続いたこの事件は、一体どうなれば解決と呼べるのだろう。

 マスミ自身にもまだそれは分からないが、少なくとも結末が悲劇でないようにとは、祈っている。


「……外に出たいのかい」

「ええ、他のみんなと合流したいので。……院内に、僕以外の生者がいるかが分かったりはしますか?」


 思いつきの質問ではあったが、ありがたいことに男性は首を縦に振った。


「ここには君以外の生気は感じない。私の感覚が正しければ、だがね」

「……ありがとうございます」

「しかし、ここから出たすぐのところには今、悪霊どもが大勢いる。様子を見た方がいいとは思うが」

「いえ、時間がありません。他にも仲間が方々に飛ばされている筈。みんなを危険に晒さないためにも、早く合流したいんです」

「……ふ。中々、勇敢な子だな」


 マスミの言葉に、男性はニヤリと笑った。


「君の真っ直ぐな心を信じることにしよう」

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