「……な……何なのだ、この記憶は」
突如として蘇った記憶。
今まで自身が認識していた記憶との齟齬に、ドールは混乱した。
おかしい。
昔思い出した記憶には、確かに自分が存在していた。
それなのに、降って沸いたように出てきた新しい記憶に、自分の居場所は無かった。
「何だというのだ、この訳の分からない記憶は……!」
ドールは焦燥する。
間違いなく彼は、あの日あの場所にいた筈だ。
マミに向けて話した言葉。その場所の色や匂い。
その全ては頭の中にある。
マミの記憶が混在している? そんなわけもない。
マミも自分も、確かに同じ場所にいたのだから。
「そんな馬鹿なことが、ある筈がないッ!」
混濁する記憶の中を、ドールは探し続ける。
そこに、自分の姿があると信じて。
「……あ、ああ。そうか、君がトオルくんだね」
風見照が、マミに向けてトオルと名を呼んでいる。
マミが俺、という一人称を使うのに反応したように見えた。
「あ……ああ! ええとね、確かマミさんは二階の客室にいたんじゃないかな。奥側の客室」
マミがマミの居場所を訊ねている。テラスはそれに戸惑いつつも、理解を示して答えている。
このときテラスと話していたのは私の筈。
それがマミに取って代わられている異常。
客室に戻ってからのマミも、魂が抜けたようにブツブツと何かを呟き続けるだけ。
ドールの姿は――無い。
場面は急速に展開し、運命の日が再び映し出される。
地下に作られた魔法円。
マモルとテラスに案内される――マミ。
そこにもドールは存在しなかった。
「……これ、は……魔法円……?」
「そうだ、トオルくん。これは儀式に必要な魔法円さ」
マミに向かって、マモルはトオルと口にする。
聞き違いではない。確実にマモルは、マミを指してトオルと呼んでいる。
「……テラス」
「大丈夫。……やりましょう」
「……これが、私たちにとって最良の方法、なんですね?」
「……ああ、そうだ」
過ぎていく言葉。
しかしそれはドールの耳に入らない。
彼が見ているのは、認めがたい光景だけ。
三人しか存在しない、地下研究所の光景だけ……。
「だから……少しの間だけ、この円の中に入ってくれるかい」
マミが頷く。
それからガクリと首が項垂れ……口だけが動く。
「い、嫌だと言ったら?」
低い声。
それまでのマミとは、違う声。
「……君は、断れないと思うよ」
「え――」
俯いたまま、マミは歩く。
魔法円の中へと、ゆっくり進んでいく。
その様子を見届けたマモルは、高らかに叫んで。
「いいぞ、テラス!」
「……ごめん、トオルくん」
そして、儀式は発動された。
「――さあ、御霊よ、解き放たれよ!」
拡散と収束を繰り返し。
光と闇が折り重なり。
――いよいよ、救済の時。
マモルの目から、一筋の涙が零れ落ちるのを、ドールは確かに垣間見た。
――マミの体から乖離せよ!
それが、最期の言葉だった。
それが、ドールの真実だった。
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