伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

三十五話 「そんな馬鹿なことが」

公開日時: 2020年12月15日(火) 23:18
文字数:1,161

「……な……何なのだ、この記憶は」


 突如として蘇った記憶。

 今まで自身が認識していた記憶との齟齬に、ドールは混乱した。

 おかしい。

 昔思い出した記憶には、確かに自分が存在していた。

 それなのに、降って沸いたように出てきた新しい記憶に、自分の居場所は無かった。


「何だというのだ、この訳の分からない記憶は……!」


 ドールは焦燥する。

 間違いなく彼は、あの日あの場所にいた筈だ。

 マミに向けて話した言葉。その場所の色や匂い。

 その全ては頭の中にある。

 マミの記憶が混在している? そんなわけもない。

 マミも自分も、確かに同じ場所にいたのだから。


「そんな馬鹿なことが、ある筈がないッ!」


 混濁する記憶の中を、ドールは探し続ける。

 そこに、自分の姿があると信じて。


「……あ、ああ。そうか、君がトオルくんだね」


 風見照が、マミに向けてトオルと名を呼んでいる。

 マミが俺、という一人称を使うのに反応したように見えた。


「あ……ああ! ええとね、確かマミさんは二階の客室にいたんじゃないかな。奥側の客室」


 マミがマミの居場所を訊ねている。テラスはそれに戸惑いつつも、理解を示して答えている。

 このときテラスと話していたのは私の筈。

 それがマミに取って代わられている異常。

 客室に戻ってからのマミも、魂が抜けたようにブツブツと何かを呟き続けるだけ。

 ドールの姿は――無い。

 場面は急速に展開し、運命の日が再び映し出される。

 地下に作られた魔法円。

 マモルとテラスに案内される――マミ。

 そこにもドールは存在しなかった。

 

「……これ、は……魔法円……?」

「そうだ、トオルくん。これは儀式に必要な魔法円さ」


 マミに向かって、マモルはトオルと口にする。

 聞き違いではない。確実にマモルは、マミを指してトオルと呼んでいる。


「……テラス」

「大丈夫。……やりましょう」

「……これが、私たちにとって最良の方法、なんですね?」

「……ああ、そうだ」


 過ぎていく言葉。

 しかしそれはドールの耳に入らない。

 彼が見ているのは、認めがたい光景だけ。

 三人しか存在しない、地下研究所の光景だけ……。


「だから……少しの間だけ、この円の中に入ってくれるかい」


 マミが頷く。

 それからガクリと首が項垂れ……口だけが動く。


「い、嫌だと言ったら?」


 低い声。

 それまでのマミとは、違う声。


「……君は、断れないと思うよ」

「え――」


 俯いたまま、マミは歩く。

 魔法円の中へと、ゆっくり進んでいく。

 その様子を見届けたマモルは、高らかに叫んで。


「いいぞ、テラス!」

「……ごめん、トオルくん」


 そして、儀式は発動された。


「――さあ、御霊よ、解き放たれよ!」


 拡散と収束を繰り返し。

 光と闇が折り重なり。


 ――いよいよ、救済の時。


 マモルの目から、一筋の涙が零れ落ちるのを、ドールは確かに垣間見た。


 ――マミの体から乖離せよ


 それが、最期の言葉だった。

 それが、ドールの真実だった。

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