二人が視界から消えると、再び場面は転換する。
次に現れたのは、町内でも一際大きい邸宅だった。
霧夏邸ほどではないが、明らかに富裕層が暮らす家、という佇まい。
そんな邸宅の前で、マミは立ち尽くしていた。
「……本当、すっごく大きな家」
自分とは住む世界が違うと、再認識させられたのだろう。
マミは小さく呟くと、一度嘆息を吐いた。
それから、緩々と首を振って、覚悟を決めたように、
「そろそろ、入ろう」
前を向いて、邸宅の門をくぐっていった。
マミの姿が邸宅の中へと消えると、ヨウノたちも一緒にその邸内へ引き摺り込まれる。
ちょうど扉を閉めたマミが、中の様子にも驚いているところだ。
「わあ、広い……。ホールっていうのかしら」
ヨウノたちでさえ広いと感じるのだから、マミが驚くのも当然のことだ。
当時の伍横町はそれほど発展もしていない頃だろうし、こんな建物は数えるほどしかなかったのに違いない。
「少し、広すぎて不安になっちゃうな。……トオルはいなくなっちゃうし」
広い玄関ホールに一人きりという状況に、マミはオドオドと辺りを見回している。
早くマモルが迎えに来ないか、と思っているのだろう。
そのマモルは、比較的すぐにやって来た。
ヨウノたちには少々気障に見えたが、二階から優雅に階段を下ってきたのである。
「やあ、マミちゃん。わざわざ来てくれてありがとう」
「あ、はい。こんにちは」
「今日は少し、君とゆっくり話してみたくてさ。それでこの家に招いたんだ。他意はないから、あんまり身構えないように、ね」
「は、はぁ……」
マミにとって、同性すら友人と呼べるような人はいなかったようだし、ましてや男性との会話など、どうすればいいのか分からなかったのだろう。
終始戸惑った様子ながらも、彼女はマモルに連れられ、中階段から二階へと上がっていく。
「ちょっと見てて恥ずかしいわね……」
「まあ、私たちにもこういう時代はあったんじゃない?」
「自分のことはいいのよ。人のを覗き見るようなのは……」
ヨウノの言うように、他人の恋愛事情を垣間見るのは、本人たちに決して分からないとしても恥ずかしいものはある。
それでもここに、ただの恋愛話ではない何かがあることを知っているから……目を覆うわけにはいかなかった。
二人の体は、マミたちが向かった二階の廊下へ。扉をすり抜けて、客室の一つに入る。
やや時間が経過しているのか、中では既にマミとマモルが向かい合って座り、仲良く雑談していた。
「……私の心を救ってくれたときから、トオルとはずっと一緒です」
「素敵な、『親友』なわけだ」
マモルは、親友という部分をやけに強調する。
「マミちゃん。君は勿論分かってはいるんだろうけど。トオルくんは、気付いているのかな」
「さあ……。でも、私のことでトオルが分からないことはないと思うし、この不思議な気持ちにも、多分気付いているんじゃないでしょうか。だからこそ、怒っているんだと思います」
「……なるほどね」
マモルは椅子に深くもたれかかり、息を吐く。
「理解してくれる日が、くればいいけど。マミちゃんの……今の気持ちを」
そう言って立ち上がった彼は、
「さて、俺は少し研究室を覗いてくるよ。気が引けるかもしれないけれど、少しの間散策したり、好きに過ごしてもらったらいいから」
「は、はい。……ありがとう、マモルさん」
「いえいえ」
女性受けしそうな笑顔を浮かべると、マモルは先に部屋から出ていった。
それを見送ったマミは、肩を落として溜め息を吐く。
「今の気持ち、か。……難しいなあ」
一人の女性として。
マミの心は揺れ動いていた。
きっとそれは、幼馴染であるトオルと、自分にストレートな好意を伝えてくれるマモルを天秤に掛けざるを得ない、憂い。
だが……。
しばらくしてマミが出ていくと、ヨウノは腕組みをして唸った。
「トオルくん、ねえ。それがドールのことだと思うんだけど……」
「うん。流れからして間違いないよね」
「でも、ね……」
この世界に当初から纏わりつく、一つの違和感。
ヨウノだけでなくツキノも、実を言えばそれには気付いていた。
「何となく、ヨウノお姉ちゃんの思ってることは分かるよ。でも、それは……」
そんなことが有り得るのだろうか?
姉妹が共通して抱く思いは、それに尽きた。
さっきは恥ずかしさからだったが、今は恐怖心からこの先を見るのに抵抗がある。
けれど、否応なしに場面は進んでいくのだ。
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