伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

三十三話 「でも、それは……」

公開日時: 2020年12月13日(日) 20:29
文字数:1,778

 二人が視界から消えると、再び場面は転換する。

 次に現れたのは、町内でも一際大きい邸宅だった。

 霧夏邸ほどではないが、明らかに富裕層が暮らす家、という佇まい。

 そんな邸宅の前で、マミは立ち尽くしていた。


「……本当、すっごく大きな家」


 自分とは住む世界が違うと、再認識させられたのだろう。

 マミは小さく呟くと、一度嘆息を吐いた。

 それから、緩々と首を振って、覚悟を決めたように、


「そろそろ、入ろう」


 前を向いて、邸宅の門をくぐっていった。

 マミの姿が邸宅の中へと消えると、ヨウノたちも一緒にその邸内へ引き摺り込まれる。

 ちょうど扉を閉めたマミが、中の様子にも驚いているところだ。


「わあ、広い……。ホールっていうのかしら」


 ヨウノたちでさえ広いと感じるのだから、マミが驚くのも当然のことだ。

 当時の伍横町はそれほど発展もしていない頃だろうし、こんな建物は数えるほどしかなかったのに違いない。


「少し、広すぎて不安になっちゃうな。……トオルはいなくなっちゃうし」


 広い玄関ホールに一人きりという状況に、マミはオドオドと辺りを見回している。

 早くマモルが迎えに来ないか、と思っているのだろう。

 そのマモルは、比較的すぐにやって来た。

 ヨウノたちには少々気障に見えたが、二階から優雅に階段を下ってきたのである。


「やあ、マミちゃん。わざわざ来てくれてありがとう」

「あ、はい。こんにちは」

「今日は少し、君とゆっくり話してみたくてさ。それでこの家に招いたんだ。他意はないから、あんまり身構えないように、ね」

「は、はぁ……」


 マミにとって、同性すら友人と呼べるような人はいなかったようだし、ましてや男性との会話など、どうすればいいのか分からなかったのだろう。

 終始戸惑った様子ながらも、彼女はマモルに連れられ、中階段から二階へと上がっていく。


「ちょっと見てて恥ずかしいわね……」

「まあ、私たちにもこういう時代はあったんじゃない?」

「自分のことはいいのよ。人のを覗き見るようなのは……」


 ヨウノの言うように、他人の恋愛事情を垣間見るのは、本人たちに決して分からないとしても恥ずかしいものはある。

 それでもここに、ただの恋愛話ではない何かがあることを知っているから……目を覆うわけにはいかなかった。

 二人の体は、マミたちが向かった二階の廊下へ。扉をすり抜けて、客室の一つに入る。

 やや時間が経過しているのか、中では既にマミとマモルが向かい合って座り、仲良く雑談していた。


「……私の心を救ってくれたときから、トオルとはずっと一緒です」

「素敵な、『親友』なわけだ」


 マモルは、親友という部分をやけに強調する。


「マミちゃん。君は勿論分かってはいるんだろうけど。トオルくんは、気付いているのかな」

「さあ……。でも、私のことでトオルが分からないことはないと思うし、この不思議な気持ちにも、多分気付いているんじゃないでしょうか。だからこそ、怒っているんだと思います」

「……なるほどね」


 マモルは椅子に深くもたれかかり、息を吐く。


「理解してくれる日が、くればいいけど。マミちゃんの……今の気持ちを」


 そう言って立ち上がった彼は、


「さて、俺は少し研究室を覗いてくるよ。気が引けるかもしれないけれど、少しの間散策したり、好きに過ごしてもらったらいいから」

「は、はい。……ありがとう、マモルさん」

「いえいえ」


 女性受けしそうな笑顔を浮かべると、マモルは先に部屋から出ていった。

 それを見送ったマミは、肩を落として溜め息を吐く。


「今の気持ち、か。……難しいなあ」


 一人の女性として。

 マミの心は揺れ動いていた。

 きっとそれは、幼馴染であるトオルと、自分にストレートな好意を伝えてくれるマモルを天秤に掛けざるを得ない、憂い。

 だが……。

 しばらくしてマミが出ていくと、ヨウノは腕組みをして唸った。


「トオルくん、ねえ。それがドールのことだと思うんだけど……」

「うん。流れからして間違いないよね」

「でも、ね……」


 この世界に当初から纏わりつく、一つの違和感。

 ヨウノだけでなくツキノも、実を言えばそれには気付いていた。

 

「何となく、ヨウノお姉ちゃんの思ってることは分かるよ。でも、それは……」


 そんなことが有り得るのだろうか?

 姉妹が共通して抱く思いは、それに尽きた。

 さっきは恥ずかしさからだったが、今は恐怖心からこの先を見るのに抵抗がある。

 けれど、否応なしに場面は進んでいくのだ。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート