伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

十一話 女神の比喩(遠野真澄)

公開日時: 2020年10月12日(月) 20:02
文字数:1,805

「……アキノちゃんの誕生日。もうすぐなんだな」

「五月三日……あと数日なのよね」


 三姉妹の末っ子、明乃ちゃんの部屋に移動した僕たちは、そこでまた思い出の品を探し回っていた。

 壁に掛けられたカレンダーは今年のもので、五月三日という日付には赤マルが付けられている。

 残された姉妹どちらかが付けたものだろう。

 部屋自体も、もう随分前から使われていないというのに、埃が殆ど積もっていない。

 事件が起きる直前まで、きっと欠かさず掃除をしていたのだろう。

 彼女たちの気持ちを汲んで、僕も掃除くらいはしていきたいという気持ちにさせられる。

 後で、彼女に聞いてみることにしようか。


「さて。次は何をすればいいいんだい」


 粗方探索も終えたので、僕は彼女に声を掛ける。机の上を見つめていた彼女はこちらを振り返って、


「そうねえ……ツキノの部屋へ行ってくれる? あと残っている部屋はそこだけだし」

「了解。ツキノちゃんの部屋か。一番抵抗があるなあ」

「あら、そうなの?」

「ミオくんに断りなく、というのがね」

「ふふ、紳士ね」


 僕の言葉に、彼女は面白そうに笑った。

 部屋を移動しながら、僕は気にかかったことを聞いてみる。


「……ところで、君のその服は生前のものと随分違うけれど……あちらではそういうものを着ないといけなかったり?」

「いえ、別にそんなことはないわ。ただ、あの子の遊びに付き合ってあげたかっただけ」

「遊び?」

「ええ。あの子は自分たち三姉妹を、ギリシャ神話のとある三神に例えてる。ヘリオス、セレネ、エオスという、世界の昼夜を司る神にね。それが、私たちに似ていると思ったから」

「ははあ……なるほど」


 正確に言えばヘリオスは男性神なのだが、ヨウノは幼い頃から男勝りな性格だったようだし、例えとしてはそれっぽいのかもしれない。

 

「女神の衣装と、そういうわけだね」

「ええ。女神なんて自分で言うのは憚られるけれど」

「いいじゃないか。似合っているよ」

「……もう。今はそんなこと言わないの」


 何気なくの一言で、彼女の頬はぽっと赤くなった。

 

「……それより。ここでやるべきことをやっちゃいましょうそうね……熊のぬいぐるみはどこにあるかしら」

「熊……ああ、そういうのもあったね」


 熊のぬいぐるみのエピソードは僕も聞いた覚えがある。

 小学生の頃、ヨウノがお小遣いを貯めて、ツキノちゃんの誕生日にプレゼントとして贈ったものだと。

 ツキノちゃんの喜びようは相当なもので、長いこと肌身離さず持っていたらしい。

 小学生にとってはとんでもなく大金だっただろうに、よくぞ貯めたものだ。

 とりあえず、部屋の中にはある筈だということで、僕たちはまた探索を始めた。

 探す場所はそれほど多くない。ツキノちゃんは整理整頓が上手だったからだ。

 見つけるのに時間は掛からなかった。ある程度の大きさのものを収納する場所は限られていたから、そこだけに絞って探せばよかったのだ。

 結論として、ぬいぐるみは本棚下部の引き出しにしまわれていた。


「……あ、ここに入ってる。もう随分ボロボロだから、ここにしまいこんだのかな」


 プレゼントされてから、もう既に十余年が経っている。むしろ今でもこれだけの綻びで済んでいるのは凄いと思った。

 ヨウノもしっかり者には違いないが、姉妹で一番しっかりしているのはツキノちゃんだっただろう。

 しっかり、のベクトルが少し違うと言えばいいのか。前向きなしっかりさと慎重なしっかりさ。その両方が光井家の生活を支えていたわけだ。


「これをどこへ?」

「一応、見える場所に出しておきたいわ。窓の近くに置いておこうかしら」

「分かった。この辺りだね」


 少しだけ綿がはみ出していたので、僕は優しくぬいぐるみを持ち上げて、窓際の壁に置いておく。


「次は……そうね、どこかにチェス盤があると思うんだけど、それを探し出して机の上にでも置いてほしいわ」

「……チェス盤、か。確かミオくんがツキノちゃんにプレゼントしたものだったよね」

「そうそう。ミオくんってば、大人しそうな性格なのに、自分の趣味は共有してほしくなっちゃう子なのよねえ。気に入ってたから良かったものの」


 そう話す彼女は、まるで娘の恋愛について語る母親のようにも思えて。

 けれどそんなことを口にしたら怒られるだろうと、心の中だけに留めておいた。


「……っと。それはともかく、さっさとやっちゃいましょう」

「そうだね」


 僕は一つ頷いて、引き出しの中に入っていたチェス盤を取り出すのだった。


 …………


 ……

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