伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

三十四話 真相②

公開日時: 2020年10月6日(火) 20:02
文字数:2,474

「――あなたのお名前教えてよ!」

「うん。僕の名前はね――」


 その子に、俺は本当の名前を告げた。


「北村満也って言うんだ」


 ナツノはミツヤという響きにびっくりしていたけれど、すぐに元の笑顔に戻って、


「へえ……いいお名前。でも、まやくんの方が呼びやすいや。なっちゃん、はるちゃん、まやくんって。……まやくんって呼んでもいい?」

「う、うん。なつのちゃんがそう呼びたいなら、僕は大丈夫」

「ありがと! 私のこともなっちゃんって呼んでいいんだよ?」


 気の弱かった俺に出来た、笑顔が眩しくて、底抜けに明るい友だち。

 なっちゃんと気軽に呼ぶことができる、素敵な女の子。

 俺は――そのときから、彼女に惚れていた。


「あう……ありがと、なっちゃん」

「あー! みつやくん照れてるー!」


 もう戻らない、出会いの光景。


 場面はドラマのように転換し、一瞬のノイズの後には成長したハルナとナツノの姿があった。

 小学校の教室。これは、ソウシと一緒に探索していたときに見たイメージ。


「私、あんまり大きい声じゃ言えないけど……まやくんのことが、ね?」


 ハルナに囁きかけるように、小さな声で突然ナツノは告白する。それを聞いたハルナは驚いて、


「え? そ、そうなの?」

「ちょっとハルナ、何よその顔。薄々気付いてたんじゃないの?」


 呆けた顔が面白かったようで、ナツノはニヤニヤと笑った。


「う。……まあ、そうなんだけどね。そうかあ、やっぱりそうだったか」


 そう答えるハルナの表情は、どことなく悔しげだ。


「……私、ハルナちゃんが思ってる通り、昔のような底抜けの明るさなんてのは無くなっちゃったわ。だから勇気も出せなくて、自分の口からは言い出せなかったんだけどね」


 愛しい人の表情をまぶたの裏に思い描くように。ナツノはそっと瞳を閉じる。


「いつか、まやくんの方から口にしてくれたら嬉しいなって、そう思い続けてるのよね……」


 あのときは、ここで途切れていた光景。

 しかし、それにはまだ続きがあった。

 

「……ナツノちゃん、僕のことを……?」


 教室の隅。

 独りぼっちで机に伏していた少年が、ふいに顔を上げた。

 マヤだ。


「……ふふ」


 彼は密かな興奮とともに、ひっそりと教室を抜け出す。

 それが、単なる勘違いであるとも知らずに。


 再び世界は遡る。

 幼年期の夏。

 俺たちが霧夏邸に忍び込んだ、あの夏の思い出。

 ナツノが俺とハルナに笑いかけている。


「あはは、だらしないよ二人とも。……でも、中には入れなさそうだから、お庭で遊ばせてもらうだけにしよっか」

「うんうん、それくらいがいいよう……」


 俺たちは、邸内に忍び込むようなことはせずに、前庭で追いかけっこをして遊んだ。

 それを、入口の外壁から覗き込む、子どもの姿があった。


「……楽しそう、だなあ……」


 この子どもが、幼いころのマヤだった。

 ……そう。

 マヤは実際、ナツノのことを昔からよく知っていた。

 好いていた。

 でも――ただそれだけだ。

 マヤの思いは、決して双方向であるはずがなかったのだ。


 ああ――そして。

 ナツノの記憶は、最期の日へと移り変わる。

 幼き頃とは何もかもが変わってしまった霧夏邸の前庭で。

 彼女は怯えながら、魔の手から逃げようとしていた。


「……違うのよ……そうじゃない。まやくんっていうのは、貴方のことじゃないのよッ!」


 石を片手に、ナツノへとにじり寄る人影。

 それは、やはり――マヤだ。


「貴方のことじゃない……? はは、何言ってるのさ、マヤっていったら僕しかいないじゃない。君は学校で、僕のことが好きだって、そう言ってくれてたじゃないか!」


 相思相愛だと勝手に信じ込んでしまった哀れな少年。

 それだけで終われば良かったのに、彼は自身を否定されたショックを、受け止め切れなかった。

 幸福は絶望へすり替わり、愛は殺意へすり替わった。

 その暴走を止められなかったのは、彼が幼過ぎたからなのだろうか。

 考えたところで意味はないのだが。


「そうじゃないのよ……まやくんっていうのは、昔転校しちゃった、北村満也くんのことなの。私とハルナちゃんと、三人でずっと一緒に遊んでた……ミツヤくんのことなの!」

「なにそれ? 君は転校しちゃった奴のこと、まだずっと好きでいるわけ? きっともう二度と会えないでしょ。それなのに君はずっと、あの男子のことを好きでいるつもりなの?」

「まやくんはお別れの日……必ず戻ってくるって言ってくれたんだもの。だから、私は信じて待ってる。ずっと、ずっと待ってるのよ!」


 そうなんだ。

 ナツノはずっと、俺のことを待っててくれた。

 両親の仕事の都合で、引っ越しを余儀なくされた俺を涙ながらに見送ってくれた彼女。

 必ず戻るという約束を、信じ続けてくれた彼女。

 俺は……そんな彼女の元に、戻ってやりたかった。

 また……隣で笑いたかったんだ。

 なのに――。


「うるさいうるさいうるさいッ!」


 マヤが吠え猛る。自らを拒絶された屈辱を認めらずに。

 石を掴む手に力を込め、少しずつナツノに近づいていく。


「僕が……君のことをどれだけ思っていたか、知ってるの? 君のことを毎日考えて、夜も眠れないくらいで。君が昔に男の子と仲良くしてたって話を耳にして、死にたくなるほど苦しくなって。そんなときに君が、僕を好いているという言葉を口にしたんだ。そのとき、僕がどれほど嬉しかったか。なのに……なのに君は……!」

「そんなの、ただの勘違いじゃない……! だって、……だって私」


 そこでナツノは……決定的な言葉を叫んだ。


「――貴方のことなんて知らなかったんだもの!」


 彼女は、本当に知らなかったのだ。

 俺以外に『まやくん』がいたことなど、全く。

 そしてその言葉は、マヤの心にトドメを刺すには十分過ぎるものだったんだろう。

 好きとか嫌いではなく、そもそも自分なんて知られていなかったのだという現実が、マヤの理性を壊した。


「やめて……来ないで……」


 いくら懇願しようと、声は最早、マヤには届かなかった。

 彼はどうしようもない現実を滅茶苦茶にするために、拳を振り上げ。


「助けて……」


 ナツノの涙。

 マヤの右腕。

 全ては永遠のようで、一瞬だった。

 

 鈍い音とともに、世界は赤く染まり――闇に沈んだ。

 ナツノの、最期の記憶だった。

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