伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

十三話 真実

公開日時: 2020年10月29日(木) 08:02
文字数:3,430

「……なん、だったんだろう……」

「……ううん、分からない」


 ただ、とミオさんは呟く。


「成仏したわけじゃあなさそうだ」

「浄化はされたけれど、未練があるとか……?」

「かな……。ケイもどうやらそれでまだいるようだし……」


 ケイ、というのが何を示しているのかは分からなかったが、未練があるとこの世に留まったまま、というのはよくあることらしい。

 まあ、よくあると言っても実体験がそんなに多いわけではないだろうが。


「まあ、とにかく。危険の一つは去ったと言えるんじゃないかな」

「これで全部去ってほしかったですけどねー……」


 一人を浄化しただけでは、この異空間は消え去らないようだ。ミオさんも最初、複数人が降霊術を行ったら暴走が起きると言っていたし、最低でも後一人は、浄化しないといけない霊がいるのだろう。

 ……つまり、そこには死体があって然るべき、と考えていいのだろうか。


「それにしても、吉元詠子ちゃんか。一体彼女にはどんな未練が……」


 吉元詠子。その名前には、全く聞き覚えが無い筈だ。

 それでもなお、彼女がオレを見て何かを謝ってきたのは、どういうことなのだろう。

 オレは何か、忘れているのか?

 ドールによって気絶させられた間に、記憶がおかしくなってしまったとでも、いうのだろうか……?


「……うッ!?」


 ズキリと、鋭い痛みが頭を襲った。

 頭蓋が割れてしまいそうなほどの痛みだったが、それは思索を止めた途端に消える。


「……どうかした、ユウサクくん?」

「い、いえ。何でも……」


 ……何でもない、わけではない。

 まるで、考えることを止めろと命じられているかのようだ。

 何者かの意思によって、記憶を封印されているかのよう……。

 ……ドール、なのだろうか。


「……あれ」


 痛みで下を向いたおかげで気付けたのだが、吉元さんの近くには鍵が落ちていた。

 ネームホルダーには、屋上と記されている。

 どうして彼女の近くに屋上の鍵が落ちているのかは不明だが……これでようやく屋上を調べられそうだ。


「リク……」


 屋上に、リクはいるのだろうか。いるとしたら、オレと同じように気を失っているだけなのか、それとも。

 生きていてほしいと、そう思うのだが……現状が現状なだけに、不安の方が確実に大きかった。


「屋上の鍵、か。早速行ってみるかい?」

「ええ。ドールの手掛かりも、あいつの手掛かりも……探さなくちゃ」

「……そうだね」


 きっと何かがある。そう思いながら、今は進むしかない。

 気持ちが萎えては、何も上手くいかないだろうから。


「……おや?」


 今度はミオさんが気付く番だった。

 暗い室内に、微弱な光を放つ不思議なものが漂っていたのだ。


「……あれは」

「何だろう……弱々しく光ってるね」


 ふわふわと漂う、光の玉。

 不規則に明滅を繰り返すそれは、明らかにこの世のものではない。


「魂、なのかもしれないね。消えかけの……小さな魂」

「魂……ですか」


 なるほど、言われてみればそう思えなくもない。この光にはある種、生命力のようなものが感じられる。

 明滅しているのなら、かなり危険な状態なのかもしれないが……まだこの魂は、消滅せずにこの世界に留まれているのだ。


「どうも、このままじゃ消えちゃいそうですし……保護してあげるべきでしょうか?」

「んー、そうだなあ。無害そうには見えるし、いいんじゃないかな。傷ついた霊をそのままにしておくのも、確かに忍びない」


 悪霊とは違い、この魂は今にも消えそうなか弱い存在だ。

 魂が消滅する、というのがどのような意味を持つのかは分からないが、少なくとも肉体的な死以上の意味はあるだろう。

 完全な消滅。もしそうだとすれば、見捨てるのはあまりにも薄情だ。

 ミオさんは、清めの水が入っていたビンを再利用し、弱った魂をその中へ誘導する。光は何らの拒絶反応を示すこともなく、すんなりとビンの中へ入ってくれた。


「オレが持ちます。怪物に出くわしたとき、ミオさんが水を持ってる方がいいでしょうから」

「そうかい? じゃあ、お願いしようかな」


 オレとミオさんは、互いのビンを交換する。安全面から考えて、こうした方がいいだろう。

 明らかに、ミオさんはオレなんかより場慣れしているのだから。


「よし。ちょっとハプニングだったけど、そろそろ屋上へ行くとしようか」

「ええ、そうですね」


 手掛かりを求めて、この非日常が始まった起点である、屋上へ。

 ようやく何かが分かってくるのだろうかという期待と同時に、形容し難い不安があるのもまた事実だ。

 

 ――真実を知る覚悟はある?


 音楽室の少女の言葉が、ふいにオレの脳裏にリフレインする。

 それはまるで、真実を知らぬ哀れなオレへの警告であるかのように感じられた。


 一歩、また一歩。屋上への階段を上っていく。

 最初のときと変わらない筈なのに。その足取りは重くなる。

 行ってはならない。知ってはならないという、心の奥底からの警告が、オレの足を鈍らせるのだ。

 だから、オレは何度も立ち止まった。

 

「……大丈夫かい? さっきから、気分が悪そうだけど」

「いえ、何でもないんです」


 何でもない。その言葉は、半ば自分に言い聞かせるものでもあった。

 気にならないふりをしながら、警告を無視しながら、オレは階段を上っていく。

 冷や汗が、滴る。


「……う」

「ど、どうしたの、ユウサクくん……!」

「……何でも、ありません」


 ―――ちゃん……。


 声が、聞こえた。

 音楽室で、七不思議について聞かされたときに聞こえた幻聴。

 否――幻聴だと、思っていた声。


 ――い、ちゃん。


 今ではハッキリと、聞こえる声。


「違う……そんな馬鹿な……」

「顔が真っ青だよ!? しっかりして、ユウサクくん!」

「すいません……」


 気付けばオレは、屋上まであと少しというところで、階段に手をつくような体勢になっていた。

 手も足もすっかり冷たくて、息だけが荒い。


「何か、気付いたことでもあったの……?」

「……いえ。とにかく、屋上に行ってみましょう。きっと、大丈夫だから……」


 そう、大丈夫なんだと。

 言い聞かせるしかないのだ。

 そんな保証がどこにもなくても。

 オレにはただ、信じることしか出来ないのだ……。


「……分かった。行ってみよう」


 ミオさんが、オレの手を握ってくれる。

 その手の温かさだけが、今のオレにとって『本物』だった。

 最後の段を、上り切る。

 そしてミオさんが、鍵を取りだして扉を解錠した。

 鈍い音とともに、扉はゆっくりと、開かれていく。

 そうして、今まで見ることの出来なかった夜の風景が――オレの目の前に提示された。


「――あ……」


 それが、答え。

 覆すことの出来ない、明白なる事実。

 信じたかった希望は終わり、後に広がるのは、絶望の闇。

 人工的な光とは裏腹な、救いのない未来だった。


「……特に、何もないね」


 ミオさんが呟く。そう、確かに屋上には何もなかった。

 彼にとっては、何も。

 けれど、眼前に広がるこの光景は、オレにとって大きな意味を持つもので。

 オレという存在の真実を知らしめるには、十分過ぎるもので……。


「いや、オレにはありました」

「え……?」

「そういうこと、だったんだな。本当に……」

「……どういうこと、なのかな?」


 ミオさんは、状況を理解できずに困惑していた。

 それは当然のことだ。

 こんなこと、理解出来なくて当たり前なのだ。

 世界がおかしいわけじゃない、ただただ……オレがおかしいというだけなのだから。


「……ミオさん」


 オレは、分かり切った答え合わせのために、問いを投げかけた。


「今は、いつなんでしょう」

「え? 今日は六月一日だけど……」

「すみません。言葉が足りませんでした。今年は……西暦何年ですか

「……二〇一四年だよ」


 そう。

 つまりはそういうことだったんだ。

 ミオさんがオレを『ユウキ』と呼び間違えたこと。

 校内を徘徊する弟の霊という新たな七不思議。

 死亡した流谷家の娘についての齟齬。

 全てが、繋がる。


 ――い、ちゃん。


 徘徊する霊は。

 そいつが発していた声は。

 兄ちゃん、ではない。

 それとよく似た、別の呼び声だったのだ。

 そう、


 ――ミイちゃん……。


「……だから、違っていたんだ。沢山のことが、そしてここから見える景色が」

「景色……?」

「……ええ」


 夜の町。建物の光が、ぼんやりと滲む。

 いつの間にか、オレは涙を流していた。


「……オレの知ってる景色は、こんな都会じゃないんですよ。オレの知ってる景色は、こんなビルやマンションが並ぶ景色じゃない」

「……まさか……君は」

「……それしか、ないんでしょうね」


 全てが示す答えは、たった一つ。


「つまりオレは、今よりずっと昔の人間だったということなんでしょう――」

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