伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

三十一話 術者たち

公開日時: 2020年10月5日(月) 20:02
文字数:2,062

「――だからね。私が降霊術を使ってしまったばっかりに……ナツノちゃん以外の霊たちも呼び寄せられてしまって。霊たちが暴走を始めて……皆が殺されていってしまったのよ。全部、私のせい。私がナツノちゃんの霊を降ろそうとしなければ、こんなことにはならなかったの……」


 ハルナの口からその事実が語られ、彼女は何度も謝りながら壁際にへたり込んだ。

 俺はその謝罪に返事をすべきだったのだけど……別のことですっかり頭が一杯になっていた。

 盲点だったのだ。

 全く考えずにいた可能性が今、事実としてもたらされたのだ……。


「なるほどな。だから、霊たちは暴走したわけだ。ようやく分かった……」

「……え?」

「ハルナ、謝らなくてもいい。さっきも言ったけれど、お前のせいじゃないんだ。……少なくとも、お前のせいだけじゃ」

「だけ……って」


 そこまで口にして、ようやくハルナも答えに行き着く。

 坂道を転がり落ちるようにして続いた、偶然の連鎖。

 その起点。


「まさか――」

「何もかもが……ああ、本当に何もかもが。偶然か悪魔の悪戯の上に成り立ってたんだ」


 俺も、ハルナも、他の皆も。

 全ての運命が複雑に絡み合い、そして霧夏邸の幻想を生み出したのだ。


「ハルナ。降霊術を行ったのはお前だけじゃない。そうだよ……俺だって、ナツノの霊を呼び戻したいと思うのは当然のことだろ……?」


 ナツノ。

 二度とは戻らない、遠い記憶の少女。


「そう。この霧夏邸に霊たちが集まり、暴走を始めてしまったのは――俺もまた、降霊術をやってしまったからだ」





 夜。

 淀んだ空気の、閉ざされた部屋の中。

 蝋燭の火だけがそこにあるものを照らし、影を作る。

 その影の一つだけが、生命を宿し動いていた。


 もうすぐだ、とミツヤは心の中で呟く。

 待ち望んだ結末は、もうすぐそこまで来ているのだ、と。

 だから、頁を捲る手は汗ばみ、震えていた。

 それがもどかしくて、男は髪を掻き乱した。

 床に座り込むミツヤの前には、開かれた本が乱雑に置かれている。それらを代わる代わる見ながら、彼は崇高なる儀式の準備を進めていた。

 そう――彼にとっては何ものにも代え難い、崇高なる儀式。

 ミツヤは、ようやく準備を終えて、溜息を一つ漏らした。

 それから、最後の仕上げに取り掛かる。


「黄泉の者達よ、聞き給え――」


 どうか……どうか。ミツヤは言霊に祈りを乗せ、唱える。


「――の御霊を呼び戻し給え」


 その瞬間。


 ――殺された。


 ミツヤの視界いっぱいに、血を想起させるような赤黒い文字が現れる。それは彼が目を鎖そうとも決して消えることはなかった。


 ――殺された

   殺された

   殺された

   殺された――


 そして、世界は赤で満たされた。

 溢れ出した憎悪の海に包まれるように。





「俺たち二人が、互いにナツノの霊を呼び戻そうとして……二回も同じ場所で降霊術をやってしまったことが、この事象の原因なんだと思う。ハルナはいつ、降霊術をしたんだ?」

「……一昨日。日付が変わってるから、正確には三日前かな。それからすぐに霧夏邸探検の計画を立てたの」

「だったら、非があるのは俺に違いない。俺が降霊術を行ったのは今夜なんだから。……殺されたという怨念のこもったメッセージが浮かんだ後、こんなことになって。俺は自分がとんでもないことをしてしまったのかもしれないと、内心ずっとビクビクしていた。皆の前では隠していたが」


 よくもまあ、バレなかったものだと思う。いや、ずっと探索を共にしたソウシには見抜かれていただろうし、それ以上のことも薄々感付かれていただろうけれど。


「ミツヤくんこそ悪くないよ。ナツノちゃんと言葉を交わしたい気持ちは、私と同じ……ううん、きっと私以上のはずだもの。降霊術なんてものを知ってしまったら……たとえ半信半疑でも縋りついてしまうのは、仕方ないことよ」

「……ありがとうな、ハルナ」


 こいつはずっと、俺の味方をしてくれるな。幼少期、気の弱い子どもだったときからハルナは、俺の隣で味方をしてくれていた。

 ……ああ、ソウシ。お前も大概、色んなことに気が付くよなあ。


「でも、俺はさ。……純粋な気持ちで降霊術をしたわけじゃない。俺の心には間違いなく……悪意があった」

「どういう、こと?」


 俺は、並べられた麻雀牌の傍まで歩く。

 サツキとソウシが死んでしまってから、麻雀牌は更に二つ、ひび割れて倒れていた。

 『西』と『白』。……二人の名前だ。

 そして、『発』と『南』も……。


「ハルナ。お前はまだ気付いていないだろうけど……俺は知ってるんだ。ナツノが何故殺されなくてはならなかったのか。ナツノが誰に殺されたのかを」


 真実なんて、ここへ来る前から知っていた。

 霧夏邸へ訪れたのは、真実を知るためなんかではなかったのだ。


「そ、それ……本当なの?」

「ああ、本当さ」


 俺はテーブルの上の部屋割りを手元へ引き寄せ、そこに一つの図を記していく。

 完成したそれをハルナに見せると、彼女もまたマヤのように、その天文学的な偶然に驚愕し……絶句した。


「だから、行こう」

「ど、どこに……?」

「もちろん――犯人のところへ」


 これで、全てを終わらせるんだ。

 この、数奇な物語の全てを。

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