伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

五話 「それが君の、偽らざる気持ちか」

公開日時: 2020年11月14日(土) 21:47
文字数:1,641

「……ふうむ、なるほど」


 研究室で、テーブルを挟み向かい合って座った私とテラスは、互いの自己紹介を続けていた。

 本当なら、マミの居場所を聞くだけで済まそうと考えていたのだが、彼の人柄に関心を持ってしまったせいか、マミが寝ていると聞かされたせいか、とにかく私は彼と話をする気になった。

 だから、彼の仕事場である研究室へとやって来たのだった。

 


「君とマミさんの……いわゆる馴れ初め、とでもいえばいいのかな。それは、そういうものだったというわけだ」

「……え、ええ。そうです」


 不思議な気持ちだった。今まで他人に、自分とマミの関係性を話したことは一度もなかったからだ。

 それを打ち明ける気になったのには、マミの気持ちが離れていることも理由としてあったが、やはりテラスの雰囲気も大きく影響していたと思っている。


「幼馴染の俺が、あの時を境に、一緒にいてやることにしたんです。それが、あの子を救うことになるんだと、思って」

「……優しい性格なんだね、君は」

「いえ、そんなことは」

「……そして、意思が強い」

「いえ……」


 私はその日の内に、いつの間にか多くのことを彼に語っていた。

 私とマミが如何にして出会い、共に生きるようになったかということについて。


 ――マミは、幼少期に父親から虐待を受けていた。

 マミはそれを誰にも口にせず、一人ただずっと、痛みを受け入れ、耐え続けていた。

 彼女の母親は、それを知らなかったわけではないだろう。

 しかし、自らの夫に逆らうようなことはできなかったのか、見て見ぬふりをし続けていた……。

 そんな彼女の元に現れたのが、私だった。

 彼女の幼馴染だった、私。

 まだ残されていると信じていた愛を求め、必死に耐えてきた彼女を知って、私は手を差し伸べた。

 そんな風に耐え忍ぶ必要なんてもう、ないのだと。

 マミの父親はすぐに蒸発した。二度と戻ってはこなかった。

 しかし、あれだけ暴力を振るった父親を、それでもマミは父親なのだと、忘れることはできなかった。

 最後までもらえなかった愛を欲し、彼女は泣いた。

 だから私は、決めたのだ。

 これからどんなことがあろうとも、彼女の傍に寄り添っていてあげよう、と――。


「……マミちゃんにとってのヒーローであり、大切な存在でもありたい。それが君の、偽らざる気持ちか」


 私たちの繋がりを聞いて、テラスさんはそう訊ねてきた。

 ヒーローと言うワードはあまり考えたことがなかったが、そう取られてもおかしくないなと気付かされた。


「別に、そこまでのことは思っていませんけど……ただ、嫌だったんです。突然のこのこ近づいてきた男に、突然彼女が、彼女の気持ちが少しでも、奪われるということが……」

「……そうだろうね」


 何を言ってるんだろうなと恥ずかしくなったけれど、本心は口を衝いて出てきてしまった。

 まるでテラスという男が心理カウンセラーのように思えたほどだ。


「あの、もう……いいですか?」


 これ以上話していると、もっと深い部分まで曝け出してしまいそうで。

 それは少し怖くなったので、私は話を打ち切った。

 テラスという男が嫌になったわけではない。

 むしろ好感を持ったからこそ……今はここまでにしておきたかったのだ。


「ああ、ごめん。色々話してもらってるとつい。ありがとう、話してくれて」


 テラスも私を引き止めることはしなかった。マモルの客人なのに長い間話し込んでしまったと、反省しているようだった。

 とりあえず立ち上がったものの、そこで私は動けなくなる。

 マミがどこで寝ているのか、まだ聞いていなかったのだ。


「えっと、マミはどこにいるんでしたっけ……」

「あ……ああ! ええとね、確かマミさんは二階の客室にいたんじゃないかな。奥側の客室」

「分かりました。こちらこそ、ありがとうございました」


 私はテラスに礼を言い、研究室を出ていく。

 その去り際、背中を向けたまま……私は一言、テラスに残していった。


「話したかったのは、誰かに言わないと辛かったからかもしれません」

「……そっか」


 どういたしまして、と笑うテラスの声が、ずっと頭に残り続けた。

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