伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

八話 曙の少女(記憶世界)

公開日時: 2020年10月11日(日) 08:02
文字数:2,849

「さて……この部屋はどんな仕掛けなんだろ」


 気持ちを切り替え、私は部屋の全体を見回した。

 ここもまた、奇妙な部屋だ。

 床や壁の欠落は当然のことながら、特徴的なのは部屋の中央に銅像が置かれてあること。その銅像の周囲は完全に床が無くなっていて、近づくことができなくなっている。

 つまり、銅像は浮遊する床の上にあるわけだが……非現実的な光景過ぎる。


「変てこだなあ」


 銅像は、部屋の四隅にもあった。壁にはひっついていないが、ちょうど中央の像と同じ線上に置かれている。

 像は全て幼い子供を模したものであり、中央の像はその容姿に見覚えがあった。

 ……いや、見覚えがあるどころか、それは……。

 ふと、エオスを見やる。彼女は浮かない顔をしていた。

 それは、彼女の油断だったのかもしれない。


「どうしたの?」


 私が問うと、彼女はドキリとして肩を震わせた。


「いえ……何でも」

「そっか。……どうすれば、いいんだろうね」


 当然ながら、エオスは教えられないと首を振った。

 自分で考えて行動するしかない。

 中央の像には触れられないので、必然的に調べるなら四隅の像になりそうだ。

 他にも机やタンスなどの家具はあるが、まずは目立っている像から調べようと考えた。


「……ん」


 像に触れてみると、ひんやり冷たい。

 こちらの像は、ほとんど特徴のない顔つきをしていた。

 動くかどうか試してみるが、前に進んだりはしない。

 ただ、力を入れると僅かに向きが変わった。


「……回るんだ?」


 どうやらこの銅像は回転するらしい。

 中央の像と同一線上に設置されていることを考えると……ある程度の予想がつく。

 この像の向きを、全て中央の像を見るように変えてやればいいのだ。


「よしっ」


 四つすべての銅像を動かすというのは中々骨の折れる作業だったが、私はきびきび働いた。

 一つを回転させ終えると、すぐに次の像へ。大体三分くらいで一連の作業は終わった。

 最後の像を中央へ向けたとき、何かが起きるんじゃないかと身構えた。……しかし、部屋は特に何の変化もない。

 分からないくらい小さな変化かな、とも思ったけれど、エオスも黙り込んだままだし、恐らくこれは正解ではないのだろう。

 像にギミックがある以上、やることは間違えていないはずだが……。

 そこまで考えて、私は別の答えを思いついた。

 ただ、それが正解なのは感情的に受け付けないのだけれど。


「……やってみるしかないか」


 とにかく、今の私は思いつくことをやっていくしかないのだ。

 そう自分に言い聞かせ、また作業を開始した。

 中央の像を向かせた銅像を、全て反対向きにしていく。四つの像全てが、中央の像に背を向けるように。

 そして四つ目の像を動かした瞬間、部屋に強烈な光が生じて、欠落していた床の一部が出現し、その向こうに扉も現れたのだった。


「おめでとうございます。この部屋もクリアですね」


 隣にやって来たエオスがそう告げた。ただ、やはりこの部屋に来てから少し表情が翳っている。

 この部屋に留まっていたくないと思っているような感じだ。


「また道ができましたし、先へ進むとしましょうか」

「だね」


 促されるまま、私は修復された床の上を通って扉のところまで進んでいく。

 それから扉を開こうとノブを回したのだが、今回の扉もきっちり施錠がなされているのだった。

 次の鍵はどこにあるのだろう、と早速考えたのだが、扉の上の方に何やら貼り紙があるのを発見する。そこには幼い女の子っぽい字で『カレンダー』と書かれてあった。


「カレンダー……」


 そう言えば、この部屋にあったのを見た気がする。ちょうど反対側だ。エオスは何も言ってくれないが、とりあえず示す先に行ってみるべきだろう。

 南から北まで部屋の中を戻っていき、カレンダーのある場所までやってくる。安っぽい、小さなカレンダーのようだが、その日付には一つだけ赤色でマルがついていた。

 ……五月三日。それは私が思い描いたのと同じ日付だった。


「……この部屋は」


 記憶の世界。さっきの部屋でも薄々勘付いてはいたけれど、ここは現実の世界を投影したものだ。

 私が見た景色がこの世界を形作っている。そして懐かしいこの部屋は、家族として何度も何度も訪れた場所に相違なかった。

 ならばと、私は部屋の隅にある勉強机まで近寄っていく。

 机の上。懸賞で当たった可愛らしい小箱が置かれていて。それは四桁のパスワードを入力しなければ開かない仕組みになっていた。

 確信を持って、私はさっきの日付にダイヤルを合わせていく。五月三日。0503という数字の並び。

 とても懐かしく、そして切ない祝い事の日。

 カチリと音が鳴り、取手を掴んで引っ張ると、戸は抵抗なく開いた。

 中には……黄色のお守りが入っていた。


「……覚えてるよ、このお守りのこと」


 私は、少し距離を離してこちらを見つめていた彼女に声を掛ける。


「あなたが私たちにくれた、大切なお守り」

「……ん」

「三人で元気に過ごしていけるようにって、自分の分も合わせて三つ、買ってくれたんだよね。……末っ子のあなたが贈り物をしてくれるなんてって、私たちは驚いたものだった。あなたのこと見覚えがあって、変だなとは思ってたけど……それはこういうことだったんだね」


 記憶が戻り、愛おしさもまた戻ってくる。

 私はその愛おしさのまま、彼女の名を――大切な妹の名を呼んだ。


「……明乃あきの


 照れ臭そうに、けれど嬉しそうに。

 彼女はしっかりと頷いてくれる。


「……うん。そうだよ、お姉ちゃん。私は遠いところからずっと、二人の幸せを望んでたんだ。私には……あの日からもう、それしかできなかったから」


 鮮烈に映り込んだ光景。

 学校の踊り場から転落する少女。

 それは他ならぬ彼女、明乃のもので。

 あの日を最後に、私たちが言葉を交わす機会は、失われてしまったのだった。


 ――私はもう、駄目だけど……お姉ちゃんたちはどうか、幸せに……なって。


「幸せに。それが、二人と交わした最後の言葉だったね。あれから三年が経って……ヨウノお姉ちゃんはマスミさんと。ツキノお姉ちゃんはミオくんと仲良くなって。二人とも、私が願ったように幸せになってくれたって思った。私、すっごく嬉しかったんだよ。私の分まで幸せになってねって、届かなくてもずっと思ってたんだ……」


 心なしか、アキノの目には涙が浮かんでいるようにも見えた。気取られたくないのだろうし、それには敢えて気付かないふりをしながら、私はお礼を言う。


「……ありがとうね、アキノ。貴方はそんな風に思いながら、私たちを見守ってくれていたんだね」

「うん。見守るっていうのとはちょっと違うのかもしれないけど、ずっと見てたよ」

「……ふふ。恥ずかしいな、何だか」


 妹に自分たちのその後を見守られていたと思うと、やはり気恥ずかしい。程度がどこまでかは分からないけれど……恋愛的な部分もあるのだし。

 ……マスミさんと、ミオくんか。 


「この記憶世界じゃ、今がいつなのかも分からないけれど……あの二人は今、一体何をしているんだろうな」


 ふと気になって、私は取り戻し始めた記憶から、彼らの笑顔を思い浮かべてみるのだった。


 …………


 ……

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