伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

三十九話 「それじゃ帰ろうか」

公開日時: 2020年12月19日(土) 23:13
文字数:2,222

 異形の怪物が消え去り。

 降り立ったのは、犬飼真美その人だった。

 マスミたちが実際に姿を見るのは初めてだったが。

 まるで天使のような女性――そんな比喩も大げさではないように思えた。


「……マミさん」


 ハルナが名を呼ぶと、マミはゆっくりとまぶたを開ける。

 霊体ゆえに、ふわふわと漂ったまま……彼女は、一同に目を向けた。


「……私は……」


 長い眠り。

 そして暴走。

 記憶が混濁していてもおかしくはなかったが、マミは瞬時に全てを理解したようだった。


「……ありがとう、皆さん。私たちを救おうと、こんなにも頑張ってくれて」

「……どういたしまして」


 メンバーを代表して、まずはマスミが答える。

 もう暴走の影響もなく、彼の言葉はちゃんとマミへ届いたようだ。

 マミは、儚げな笑みを浮かべる。


「そりゃあ、救ってやらなくちゃ殺されちまうところだったからな」

「ちょっと、ミツヤくんっ」


 ミツヤは平常運転で、皮肉めいた言葉を掛ける。

 そこはハルナが厳しいツッコミを入れ、笑いに変えた。

 勿論、そこまでがミツヤの計算だ。


「そうですね。本当に……彼は、私のことだけを考えていたから……」

「それだけの思いを、抱いていたってことなんだよね」


 ミオはドールの思いに理解を示す。

 そう。彼は理解したからこそ、止めなければという決意を固くしたのだから。


「僕も、それにミツヤさんやハルナちゃんも。トオルの計画に乗せられた形ではあったけれど、降霊術に思いを託し。そして悲劇を生んだからこそ、分かるよ。トオルの思い……」

「……あの子は、あまりにも迷惑をかけすぎたと思うわ」


 マミはほう、と息を吐き、そしてマスミたちに向かって、深々と頭を下げた。


「本当にごめんなさい、皆さん。私たちのせいで、運命を狂わされて……奪われて。それでもここまで来てくれたこと、本当に……感謝します……」


 許されるものではない。

 そう諦めた上での、謝罪だっただろう。

 けれど、ここまで辿り着いた彼らは。

 マミの思う以上に、強い子どもたちだった。


「ええ、本当に狂わされたわ。……だからこそ、止めたくなったんでしょうけど」

「これだけ滅茶苦茶にしておいて……最後も悲劇で終わるだなんて、許されないよね?」

「……だね。誰も幸せになれないなんて、駄目だよ。絶対。そんな最後のために、死んじゃうわけにはいかないよ」


 ヨウノたち、光井家の三姉妹がそう言って笑う。

 悲劇を乗り越えてきた者たちの、それは信念だった。


「……そう……ですね」


 生者も、死者も。

 悲劇を乗り越え辿り着いた彼らの、信念が込められた瞳に。

 マミは温かなものを感じて、呟く。


「……言い方は悪いかもしれないけれど。降霊術に関わってくれたのがあなたたちで……本当に、良かった。この恐ろしい計画を、こうして終わらせてくれて……本当に、良かった」


 彼らだからこそ、止められたのだろうと。

 マミは、心からそう思う。


「私たちも、ほっとしてます。危うく、死ぬところでしたし。……もうこれ以上の悲劇は、ごめんです」

「そうそう。大体最後は、ちょっとくらいの救いがあって終わらなきゃ、許されないよな」


 ミイナが冗談めかして言うのに、ミツヤも便乗した。そして、


「だから、ほら。……行ってやりなよ。あいつのところに」

「……はい」


 優しく背中を押されるような、ミツヤの言葉に。

 そっと涙を流しながら、マミは頷く。


「もう一度だけ、言わせてください。皆さん……ありがとうございました。ずっと、忘れません。また……お会いしましょうね」

「……はい、必ず」


 それじゃあ、と身を翻し、マミは歩き出す。


「また会う日まで」


 そこに、世界を隔てる光が生じ。

 その光の向こうへと、彼女はゆっくり消えていくのだった。


 ――さようなら。愛に溢れた、素敵な方たち――


 最後の言葉が反響し。

 そして、光は鎖された。

 後には、マスミたちだけが残る。

 長い戦いを終わらせた、少年少女たちが。


「……行っちゃった、ね」

「はい。……嬉しそうな顔で、良かったです」


 まぶたの裏にその顔を浮かべるように、ミイナが言う。


「果たせたってことでいいのかね……約束」

「うん。きっと、皆で感謝してくれてるわよ、私たちに」


 ミツヤは照れ隠しのように素っ気なく言うが、ハルナは満足げに微笑んでいた。


「そうね。してくれなきゃ、怒るわ。あっちに行ったら、文句言ってやるんだから」

「ふふ、そのときは付き合うよ。お姉ちゃん」

「あ。二人だけ、ずるいなあ……」


 死者である二人は、マミたちのその後を知ることが出来るだろう。

 姉たちの言葉に、少しだけジェラシーを感じたアキノだが、


「何言ってるのよ、マスミくんを独り占めにしてるでしょ」


 ヨウノにそう言われると、途端に頬を真っ赤にして黙り込んでしまった。


「ヨ、ヨウノちゃん……」


 とばっちりを受けたマスミは、苦笑いを浮かべるしかない。


「私も、チャンスはあるかな……」


 仲良し三姉妹のやりとりを見つめ、そう呟いたのはミイナだ。

 誰にも聞こえないよう呟いた筈だったが、一番聞かれたくない人物の耳に届く。


「うん?」

「な、何でもないです、ミオさん!」

「そ、そう」


 急に怒られて戸惑うミオだったが、その掛け合いをツキノは見逃さなかった。


「仕方ない、なあ……もう」


 そちらの呟きは、誰にも聞かれなかったが。

 そんなこんなで、しばらくの間喜びを噛みしめ合っていた彼らに、マスミが締め括りの一言を告げる。


「……よし、それじゃ帰ろうか」


 因縁の地を後にして。

 日常へと戻っていくために。


「これで本当に、長い冒険も終わったわけだしね――」


 

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