異形の怪物が消え去り。
降り立ったのは、犬飼真美その人だった。
マスミたちが実際に姿を見るのは初めてだったが。
まるで天使のような女性――そんな比喩も大げさではないように思えた。
「……マミさん」
ハルナが名を呼ぶと、マミはゆっくりとまぶたを開ける。
霊体ゆえに、ふわふわと漂ったまま……彼女は、一同に目を向けた。
「……私は……」
長い眠り。
そして暴走。
記憶が混濁していてもおかしくはなかったが、マミは瞬時に全てを理解したようだった。
「……ありがとう、皆さん。私たちを救おうと、こんなにも頑張ってくれて」
「……どういたしまして」
メンバーを代表して、まずはマスミが答える。
もう暴走の影響もなく、彼の言葉はちゃんとマミへ届いたようだ。
マミは、儚げな笑みを浮かべる。
「そりゃあ、救ってやらなくちゃ殺されちまうところだったからな」
「ちょっと、ミツヤくんっ」
ミツヤは平常運転で、皮肉めいた言葉を掛ける。
そこはハルナが厳しいツッコミを入れ、笑いに変えた。
勿論、そこまでがミツヤの計算だ。
「そうですね。本当に……彼は、私のことだけを考えていたから……」
「それだけの思いを、抱いていたってことなんだよね」
ミオはドールの思いに理解を示す。
そう。彼は理解したからこそ、止めなければという決意を固くしたのだから。
「僕も、それにミツヤさんやハルナちゃんも。トオルの計画に乗せられた形ではあったけれど、降霊術に思いを託し。そして悲劇を生んだからこそ、分かるよ。トオルの思い……」
「……あの子は、あまりにも迷惑をかけすぎたと思うわ」
マミはほう、と息を吐き、そしてマスミたちに向かって、深々と頭を下げた。
「本当にごめんなさい、皆さん。私たちのせいで、運命を狂わされて……奪われて。それでもここまで来てくれたこと、本当に……感謝します……」
許されるものではない。
そう諦めた上での、謝罪だっただろう。
けれど、ここまで辿り着いた彼らは。
マミの思う以上に、強い子どもたちだった。
「ええ、本当に狂わされたわ。……だからこそ、止めたくなったんでしょうけど」
「これだけ滅茶苦茶にしておいて……最後も悲劇で終わるだなんて、許されないよね?」
「……だね。誰も幸せになれないなんて、駄目だよ。絶対。そんな最後のために、死んじゃうわけにはいかないよ」
ヨウノたち、光井家の三姉妹がそう言って笑う。
悲劇を乗り越えてきた者たちの、それは信念だった。
「……そう……ですね」
生者も、死者も。
悲劇を乗り越え辿り着いた彼らの、信念が込められた瞳に。
マミは温かなものを感じて、呟く。
「……言い方は悪いかもしれないけれど。降霊術に関わってくれたのがあなたたちで……本当に、良かった。この恐ろしい計画を、こうして終わらせてくれて……本当に、良かった」
彼らだからこそ、止められたのだろうと。
マミは、心からそう思う。
「私たちも、ほっとしてます。危うく、死ぬところでしたし。……もうこれ以上の悲劇は、ごめんです」
「そうそう。大体最後は、ちょっとくらいの救いがあって終わらなきゃ、許されないよな」
ミイナが冗談めかして言うのに、ミツヤも便乗した。そして、
「だから、ほら。……行ってやりなよ。あいつのところに」
「……はい」
優しく背中を押されるような、ミツヤの言葉に。
そっと涙を流しながら、マミは頷く。
「もう一度だけ、言わせてください。皆さん……ありがとうございました。ずっと、忘れません。また……お会いしましょうね」
「……はい、必ず」
それじゃあ、と身を翻し、マミは歩き出す。
「また会う日まで」
そこに、世界を隔てる光が生じ。
その光の向こうへと、彼女はゆっくり消えていくのだった。
――さようなら。愛に溢れた、素敵な方たち――
最後の言葉が反響し。
そして、光は鎖された。
後には、マスミたちだけが残る。
長い戦いを終わらせた、少年少女たちが。
「……行っちゃった、ね」
「はい。……嬉しそうな顔で、良かったです」
まぶたの裏にその顔を浮かべるように、ミイナが言う。
「果たせたってことでいいのかね……約束」
「うん。きっと、皆で感謝してくれてるわよ、私たちに」
ミツヤは照れ隠しのように素っ気なく言うが、ハルナは満足げに微笑んでいた。
「そうね。してくれなきゃ、怒るわ。あっちに行ったら、文句言ってやるんだから」
「ふふ、そのときは付き合うよ。お姉ちゃん」
「あ。二人だけ、ずるいなあ……」
死者である二人は、マミたちのその後を知ることが出来るだろう。
姉たちの言葉に、少しだけジェラシーを感じたアキノだが、
「何言ってるのよ、マスミくんを独り占めにしてるでしょ」
ヨウノにそう言われると、途端に頬を真っ赤にして黙り込んでしまった。
「ヨ、ヨウノちゃん……」
とばっちりを受けたマスミは、苦笑いを浮かべるしかない。
「私も、チャンスはあるかな……」
仲良し三姉妹のやりとりを見つめ、そう呟いたのはミイナだ。
誰にも聞こえないよう呟いた筈だったが、一番聞かれたくない人物の耳に届く。
「うん?」
「な、何でもないです、ミオさん!」
「そ、そう」
急に怒られて戸惑うミオだったが、その掛け合いをツキノは見逃さなかった。
「仕方ない、なあ……もう」
そちらの呟きは、誰にも聞かれなかったが。
そんなこんなで、しばらくの間喜びを噛みしめ合っていた彼らに、マスミが締め括りの一言を告げる。
「……よし、それじゃ帰ろうか」
因縁の地を後にして。
日常へと戻っていくために。
「これで本当に、長い冒険も終わったわけだしね――」
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