伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

十九話 『ドール』(現実世界)

公開日時: 2020年10月16日(金) 20:02
文字数:2,189

 伍横町の北方に佇む一軒の邸宅――霧夏邸。

 降霊術の噂に彩られた、幻想の屋敷だった。

 三年前には凄惨な事件が引き起こされ、町内で一躍有名になったこの建物。

 しかしそれも時代の流れにより、つい先日解体が完了し、跡形も無くなってしまった。

 今では、だだっ広い土地が残るのみだ。

 門の柵は取り外され、入口は解放されている。

 普通ならばそこに『売地』などの看板があってもよさそうだが、何故かそういうものは一切ない。

 曰くつきの場所ゆえ、処理もややこしくなっているのかもしれない。

 この場所が他の人の手に渡ることは、暫くの間なさそうに思われた。


「……やっぱり、こんな場所じゃ何の手掛かりも掴めないよね」


 所有の問題はともかく、建物が無くなった今となっては、降霊術に関する手掛かりもなさそうだ。

 邸内には図書館があったらしいが……そこに収蔵されていた書籍も全て処分されているだろう。

 望みがあるとすれば、ハルナちゃんがちらりと口にしたことのある地下室だが。

 地面はすっかりならされていて、地下への入口がどこにあるかを確かめるのは困難だった。


「駄目、かな。あれだけ噂になったのに、誰もやり方は知らないんだ。……簡単に、分かるわけもないか」


 もう帰ろう。僕は諦めて、くるりと踵を返す。

 ――しかし、振り返った先に。


「……降霊術が欲しいか」

「え……」


 フード付きのローブに身を包む、謎の人物の姿があった。


「だ、誰……」


 一目見ただけで、その人物が異様な雰囲気を放っていることは瞭然だ。

 ローブで全身を隠しているのみならず、その人物の顔には『仮面』がつけられていた。

 目も口も、三日月のような弧を描き。

 まるでこちらを嘲笑うかのような、不気味な笑顔が刻まれているのだった。


「お前は、降霊術を求めているか」

「え――えっと」


 あからさまな不審者だ。こういう場面でなければ、一目散に逃げだして警察を呼ぶレベルの。

 だが、この仮面の男から『降霊術』という明確な単語が発せられたために、僕は魅入られたようにその場から動けなくなっていた。


「答え給え」

「……欲しいです。大事な人を……呼び戻せるのなら」


 有無を言わせぬ口調に、本音が零れる。

 すると仮面の男は、無遠慮にすぐ傍まで近づいてきて、こちらの様子を観察し始めた。

 その間にこちらも男を観察してはみたのだが……あまりにも奇妙過ぎて。

 彼が本当に人間かということすら、分からなくなってしまうだけだった。


「……ふむ、なるほど。嘘偽りはないようだな」


 しばらくの沈黙の後、男はこくりと頷いた。

 そして、一冊の本をそっと差し出してきた。


「この本を使うといい」


 ボロボロに擦り切れた一冊の本は、表紙の文字を判別することも殆ど不可能になっているものの……辛うじて、降霊という文字が書かれていることが分かった。


「こ、これ……まさか降霊術の?」


 問いかけに対して、仮面の男が肯定の言葉を発することはなかった。

 彼は自分の思惑通りに事が運ぶことしか、考えていないようで。


「場所は……そう、三神院がいいだろう」

「三神院? 確かに、あそこなら……」

「偶然にも利害が一致しているようだな。何よりだ」


 仮面の男はそう言って、僕に本を押し付ける。

 躊躇いがちにそれを受け取ると、彼はすぐさまくるりと身を翻した。


「さて。その本で、君は君の願いを叶えたまえ」

「あ、あの……ありがとうございます! でも、あなたは一体……」


 最後に名前くらいは聞いておかなければ。そう思って呼び止めた僕に、彼は振り返ることもせずに名前だけを名乗った。


「私は……『ドール』という。もしかすれば、またどこかで会うこともあるかもしれないな」


 ドール――人形。

 馬鹿馬鹿しいその名前に、僕はしかし畏れにも似た感情を抱くばかりなのだった……。





 そこまでを話し終え、ミオくんは申し訳なさげにハルナちゃんを一瞥する。


「……それで、僕はその人物にもらった本を読み、深夜に三神院へ忍び込んで降霊術を行った。その結果が今この状態、ということだね」

「なるほど……」


 僕とヨウノは中々その話を呑み込めなかったが、ハルナちゃんだけはすぐに受け止めたようで、


「一度だけの降霊術だから、まだセーフなわけか」


 などと呟いていた。


「それにしてもなあ、そのドールってやつは何者なんだろ。ひょっとすると、湯越郁斗より前の所有者だったりするのかな……」

「それはちょっと分からないや。ごめんね」

「ううん、それはいいんだけど」


 彼女はそう言ってから、


「何にせよ、その人からもらった本に書かれていたのは、本物の降霊術のやり方だった。そしてミオくんは、ツキノが死んだことに耐え切れず、誘惑に負けてしまったということなのね……」

「……うん」


 死者の魂を呼び戻せる。

 その誘惑に屈し、降霊術を手にしたミオくんは……その術式を執り行った。

 だが、一つ疑問が浮かぶ。

 ミオくんが呼び戻したかったのはあくまでもツキノちゃんだ。

 しかし、結果として僕たちの元に現れたのはツキノちゃんでなく、ヨウノだった……。


「どうして呼び出したかったツキノちゃんでなく、ヨウノの魂だけが現れたんだろう」

「はい、それが分からないんです。降霊術は思いの力に左右されるから、近しい存在だとしても別の人だけが呼び戻されることなんて、なさそうなものなんですけど……」


 ハルナちゃんが悩ましげにそう話したとき、隣にいたヨウノがふいに、あっという声を上げた。


「……それは、多分ね」


 …………


 ……

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