伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

三十八話 「誰が、殺させるかよ」

公開日時: 2020年12月18日(金) 22:33
文字数:2,374

 光が消え、土埃が晴れたとき。

 ドールの体はバラバラに破壊されていた。


「……マ、ミ……」

「ドールううぅうッ!」


 ミツヤが叫び、彼の元へ駆け寄ろうとする。

 しかし、マスミが腕を伸ばして制止した。


「いけない……!」


 直前までドールが立っていた場所。

 そこに今、壁のようなものが出来ていた。

 そう……壁にすら思える巨大さの、怪物が顕現していた。


「マ……マミ、さんが……」


 ドールの歪んだ思いが結実し。

 数々の事件で収集した肉体を使った継ぎ接ぎ人形を依代に。

 邪悪なる怪物が今、降臨した。

 それは今までに現れたどの怪物よりも醜悪で……そして凶悪だった。

 どろどろと溶け落ちる赤黒い肌。

 顔は三つで、眼窩にはぽっかり穴が空いている。

 背中からは羽が生えているのかと思ったが、それは手だった。

 無数の手が背中から突き出し、グロテスクな羽状になっているのだ。


「と、とんでもねえ……!」


 まともに相対して、敵う相手ではなかった。

 ミツヤもマスミに止められて良かったと心から思う。

 しかし……こうなった以上、打つ手はたった一つしかない。


「ハルナ、遺骨は!」

「あ、あそこに……!」


 怪物となったのはマミの魂だ。

 彼女の遺骨は、ハルナの服ポケットから滑り落ち、怪物の足元に転がっていた。

 清めの水はまだギリギリストックがある。

 だが、遺骨を回収出来ねば意味がない。


「ど、どうしたら……」


 怪物は、四本の脚でジリジリと近づいてくる。

 三つの口が、裂けるように開いていく。

 それらは、マスミたちを喰らい尽くすためのもの。

 肉体も、魂も。

 全てを喰らって消滅させるためのもの……。

 

「うおぉおおッ!」


 誰かが叫んだ。

 マスミがちらと隣を見ると、ミオが我武者羅に駆け出していた。

 怪物は、集団の方に意識をとられ、ミオへの反応が一瞬遅れる。

 だから、ひょっとしたら成功するかも――そう過信した。


「うわあッ!」

「ミオッ!」


 まるで意思が独立しているかのように、脚だけが動いてミオを蹴り飛ばす。

 鈍重な一撃を喰らったミオは、忽ちマスミたちのところまで吹き飛ばされ、地面を這いつくばった。


「……げほッ」


 すぐに立ち上がるところを見ると、大事には至っていないようだが……今の突撃に反応されてしまうのなら、もう。

 誰もが、万策尽きたかと絶望する。


「……こんな、終わり方で……」


 ミオが、握り締めた拳を震わせる。

 降霊術の悲劇を食い止めたい。その思いで、ここまでやってきた彼は。


「終わらせたくなんかないのに……!」


 絶体絶命の状況に涙を流し――そして、目を閉じた。


 ――ハッ。


 声が、聞こえたような気がした。

 いつまでも、死は訪れなかった。


「え……?」


 誰かの驚く声も、続けて聞こえる。

 再び目を開いたミオが見たものは……信じられない光景だった。


「……ケイ?」


 赤と黒の怪物が、暴走したマミを食い止めていた。

 それだけではない。

 迫りくる前脚のうち左右二本を、その触手ですっぱりと両断していたのだ。

 だが……その代わりに。

 ケイの体には、大きな風穴が開いていた。


「……まさか……」


 ミオだけでなく、マスミやアキノも突然の彼の出現に驚きを隠せなかった。

 何故? 今の行動は、明らかに自分たちを助けるものだ。

 復讐を目的としてきたケイの理念からは、完全に逸脱したものだと、マスミたちには思えたのだが。


「……誰が、殺させるかよ」


 怪物の肉体がボロボロと消失し。

 代わりに、霊体のケイが姿を現す。

 だが、その霊体も既に限界が来ており。

 足先から少しずつ、塵のように消滅を始めていた。


「俺の復讐が……果たせなくなってたまるかよ……」


 相変わらずの口調と笑みで、ケイはミオたちに告げる。

 そう、これは自分の復讐なのだと。

 彼の行動理念は、彼からすれば一貫していたのだ。

 自分の手で、復讐を成し遂げる。

 ただ、それだけだった。


「ケイ……お前」


 彼らを救ったように見えたのは、あくまで結果論。

 ケイにはきっと、そのような善意など全くない。

 けれども、彼らは確かに。

 ケイの介入により、命を繋ぐことが出来た。


「ドール……お前は俺をロキだとか呼んでたよな。……そうだ、俺は散々引っ掻き回してやる……そして、俺の望みは必ず……果たすのさ……」


 物語のトリックスター。

 誰にも縛られず、自分だけのために生き、そして死ぬ。

 それこそが――黒木圭。


「……いいか……俺は必ず」


 既に体は半分以上が消滅している。

 片側だけ残った腕を上げ、ケイはミオたちを指差した。


「必ず……復讐を遂げてやる」


 その腕が消え、胴体が消え、全てが消えていく。

 それでもケイは……最後まで突き刺さるような視線を、彼らに送っていた。


「……お前たちの、ところへ……必ず這い戻って、みせる――」


 そして。

 黒木圭という存在は、塵と消えた。

 肉体も魂も。

 永遠に還らぬ運命に、沈んだのだった。


「……馬鹿な、ヤツ……」


 呟いたのは、ミオだった。


「……最期まで、ホント最低の……」

「ミオ……」


 そっと、マスミが肩に手を置く。

 ミイナも隣で、そっと体を寄せていた。


「……二度と、戻ってくるな。絶対に、許してなんかやるもんか……」


 もう、帰ってくる筈もない。

 ミオにも誰にも、それは理解出来ていた。

 魂の消滅。

 それは、黒木圭に相応しい最期に違いなかった。

 それでも……身勝手な奴だと、ミオは思う。

 許されない道を最後まで選び続けた彼に。

 許してやると言うことなど、もう出来ないのだから。

 ミオたちの中で黒木圭は、永遠に許されない存在として、残り続けるしかないのだから……。


「……ハルナ」

「あ……うん!」


 半ば放心状態のミオたちの代わりに、ミツヤは近くのハルナに指示して、マミの遺骨を回収してもらう。

 怪物は、ケイの一撃により前脚を失って倒れ、動けなくなっていた。


「今、救ってあげます――!」


 ハルナはマミの遺骨に、清めの水を振り撒き。

 そして、純粋なる祈りを捧げた。

 どうか、救いあれ……と。

 祈りは、光となり。

 世界はもう一度、眩い光に満ち満ちた。

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