地下での探索を終え、103号室へ戻った俺たちは、ハルナたちに温かく迎えられた。椅子に腰を下ろして足を休ませながら、その成果を報告すると、皆一様に驚いたのだった。
「そっか……怪しい実験は本当にあったんだ。でも、それは湯越さんがしていたんじゃなかった……」
「もっと昔の人たちが、何らかの目的のために人体実験をしていたんですね……」
ハルナもユリカちゃんも、目を潤ませながら言う。サツキも、黙ったままではあったが、等しくショックを受けている様子だった。
「まあ、それに着想を得て降霊術の深みに堕ちていった……なんて考えられなくもないけど。邪推しても仕方ないよね」
マヤはまだ、湯越郁斗への不信感を拭えてはいないようだったが、彼の予想が正しい可能性もゼロではない。否定したい気持ちはあれど、口に出すのは止めておいた。
それよりも今は、清めの水を手に入れられたことが重要だ。
「何とか手に入れた、清めの水。これを使ってボスの霊を浄化する必要があるわけだ」
「ソウくん、ボスなんてゲームみたいに……」
「悪い悪い」
「で、ソウシの言うボスっていうのが要するに……湯越留美さんだな」
「留美さんの霊を鎮められれば、僕たちは脱出できる……?」
脱出できる。その言葉で、皆の表情が僅かに和らいだ気がした。
そうとも。脱出できるのだ。俺たちは、ここに閉じ込められたまま殺されたりするものか。
「……というわけで、だ。今度は留美さんの遺体を見つけに、探索へ出ることにするぜ。湯越さんは留美さんの遺体を持ち帰った後、葬儀を行った形跡がなかったらしいからな。この邸内に遺体があるはずなんだ」
「そう言えば、葬儀をしてないって噂もあったわね……遺体がこの邸内にあったからこそ、留美さんの悪霊が現れたとも言えるわけか」
「ああ。ハルナの言う通り、悪霊が現れた以上留美さんの体の一部はどこかにある。……それを俺たちで見つけに行くよ」
「水だって手に入ったんだ、次も上手くいくさ。だから、のんびり待っててくれ」
ソウシは四人を安心させるようにそう言った。ちょっとフラグのようにも聞こえてしまうが、そんなものはフィクションのネタだ。大丈夫、上手くいく。
「じゃ、行ってくる。戻って来たときは、皆で脱出しよう」
「よろしくね、ソウシ、ミツヤ。二人が頼りなんだから」
「おう、任せとけ、マヤ。必ず生きてここを出るぞ」
ソウシの力強い言葉に、六人全員で頷き合い、脱出を誓う。
「……さて」
目的地を決めるため、俺たちは霧夏邸の図面を広げる。
一階と地下はほとんど探索したが、二階はまだ邸内が鎖されてから足を踏み入れていない。
図面によれば、二階の北側に湯越親子の部屋が一つずつある。
遺体――或いはその一部が眠っているとすれば、その部屋の確率は高かった。
「しかし……ここを買ったときにはもう死んでたってのに、留美さんの部屋が隣にあるとはな」
「確か、サツキが日中に覗いたらしいけどよ。物は少ないながら、女の子の部屋っぽく飾られてたらしいぜ」
「……犯罪者じゃなさそうだが、やっぱり正常な思考だったとも言えなさそうだ」
「悲しいけど、な」
そんな会話をしながら、俺たちは湯越親子の部屋を目指して二階へ上がる。
廊下の窓から外の様子が分からないかと覗いてみたりもしたが、窓の向こうは霧がかかったようにぼやけてしまっていた。
ちょうど図書室の真上にあたる場所。そこに、親子の部屋は並んでいる。
「ここが、湯越さんと留美さんの部屋か。……湯越さんは、留美さんの霊を呼び戻して、この部屋に住んでもらうことでも願っていたのかねえ……」
魂を呼び戻せると信じていたなら、それもあり得る話だった。
霊体だけで満足だったのか、肉体を伴っていて欲しかったのかはさておき。
どちらの部屋から調べるかで迷ったが、まずは留美さんの部屋に入ってみた。好奇心もあってのことだ。サツキがソウシへ報告した通り、それほど調度品が揃っているわけではなかったけれど、壁紙も可愛らしい色や模様をしたものになっており、十分に女の子の部屋として使えるような雰囲気だった。
物が少ないので、捜索もすぐに完了する。どうやらこっちには、留美さんの遺体は保管されていない。
後は湯越郁斗の部屋だ。そこに無ければ、もう虱潰しに探すほかなくなってしまう。
どうか、保管されていてくれ。心の中で祈りながら、俺とソウシは隣の部屋へと移った。
「こっちが湯越さんの部屋、と。思ったよりも普通だな」
ソウシがそう評するのも当然で、部屋は至って平凡な設えになっていた。てっきり黒魔術の本やら怪しい小道具やらで溢れかえっているのかと早とちりしていたが、それは恥ずべき考えだったようだ。
しかし、そうなるとここに留美さんの骨が保管されているのかどうか。
「……ん」
部屋の奥にあるデスク。その上に、小型の金庫が置かれてあった。ご丁寧に鍵が掛かっていて、中に大事な物を入れているのが一目瞭然だった。
「ツマミを左右に回して開けるタイプかー……」
これもまた、適当にやるには途方も無い時間がかかるだろう。湯越さんがメモを残していると信じて、俺たちは周辺を漁ってみた。
本立てに並んでいるのは、怪しげな黒魔術の本やらオカルト関係の研究本など。風見とかいう著者の医学書だけは少々異質だが、図書室にも学術書はあったしその関連かもしれない。
メモは机の中から見つかった。ありがたいことに『左、四まで。右、九まで』と分かりやすく記されている。
メモを片手にツマミを回していくと、九の数字に合わせたところでカチリと音がした。取手に指を掛けて引いてみると、扉は抵抗なくするりと開いた。
「……よし」
封印の解かれた金庫の中。
……そこには、願っていた物が確かにあった。
もう、ほんの一部分になってしまった存在の証。
湯越留美さんの、骨の一部……。
「……これに、水をかけてやれば」
「ああ。頼むよ、ソウシ」
よし来たとばかりに、ソウシは水筒を取り出して蓋を開ける。
そのとき――赤い閃光が迸った。
「なっ……!」
霊だ。
最初に俺たちの前に現れたあの霊が、いつのまにかそこにいた。
感じる。
この世への未練。
それが歪んで怨みとなり。
更に歪んで殺意となり――。
「ソウシ!」
「分かってる!」
ジリジリと霊は近づいてくる。きっと、それに触れられたらお終いだ。
ソウシは急いで水筒を逆さにして、清めの水をドバドバと骨に振りかけた。空っぽになるまでずっと、何度も振りながら。
どうか、頼む。これが留美さんのものであってくれ。
そしてこの世への未練を浄化してくれ……!
「あ……」
黒く、変質した手が触れようかというところで。
地下室で男の子を包んだのと同じような、暖かな光が霊の体から発せられた。
その光が収束したとき、悪霊は可憐な女性の霊へと変化を遂げていた。
……いや、厳密には変化ではないだろう。これでようやく、彼女は元に戻れたのだ。
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