伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

流谷めいの遺言

公開日時: 2020年11月8日(日) 21:55
文字数:1,867

 そして、刻は戻り。


「……遺していけるのは、これくらいなのかしら」


 町が寝静まった夜遅く。

 流谷めいは一人、屋上で夜風に身を晒していた。

 最早その体は霊体であり、昼夜問わず誰からも見られることはないのだが。

 それでも彼女にとっては、深夜が最も気楽な時間なのだった。


「……六月、九日」


 彼女が円藤深央に残した言葉。

 そしてまた、伝えずに隠した記録。

 そのどちらもが、この伍横町で引き起こされている事件を終わらせると信じて。

 彼女は夜空に浮かぶ月に、祈りを捧げていた。


「……来たわね」


 背後に気配を感じ、メイは振り返る。

 するとそこには、因縁の相手――仮面の男、ドールが立っていた。

 普通であれば、降霊術の事件が終息した後に霊体を見ることは出来ないのだが、彼は違う。

 さも当然のように、ドールは霊を視ることが出来ていた。


「ここにいたか」

「……ええ」


 メイは知っていた。

 彼という存在が、どのような者なのかを。

 万が一の為に、ミオに全てを暴露することはしなかったが……メイには一連の事件の構造が、ほぼ掴めていたのだ。

 だからこそ、彼女はここでドールを待っていた。

 狙われることを、分かっていたから。


「見事に事態を収拾し遂せたわけだな」

「収拾したのは彼らよ。私ではないわ」

「……それもそうだ」


 感情を推し量ることの出来ない淡々とした口調で、ドールは呟く。


「私はとにかく、降霊術を各地点で起こせればいい。その思いが強ければ……なおいい」

「ええ、分かっているわよ」


 恐怖はあった。それでもメイは、あえて強気な態度でドールと対峙する。


「……それで、わざわざ事件が終わってから、何をしにきたのかしら? まさか、私の顔が懐かしくなったわけでもないでしょう」

「……そうだな。私は、お前の顔を覚えてもいない。私は、私を繋ぎ止めるだけの記憶しか、今は持ちえていない」

「やっぱり、あなた……記憶を失くしているのね?」


 ドールは答えない。だが、沈黙は肯定の証左だった。

 だから彼は、メイに対してこれまで危機感を持ってこなかったわけだ。


 ――その入れ物になってから、なのかしら。


 メイは推測する。

 恐らくその推測は当たっているだろう、ということも。


「大事なものは失くしていない……いや、すぐに思い出せた。大切なたった一人のことは、今も心の中心にある」

「……マミちゃんの、ことなんでしょうね」


 マミ、という名前を口にした途端、それまで抑揚の殆どなかったドールの話し方に変化が生じた。


「……やはり、お前は知りすぎているようだな」


 そのことが、メイの確信を更に強めることになった。


「当たり前じゃない。ここにいた生徒でしょう? 私も、マミちゃんも、あなたも。……マモルくんも」


 そう、メイは知っていた。

 ドールと自らを称する彼が、かつて流刻園に在籍していた生徒だということを。

 それだけでなく、彼とその周囲の人間関係を巡り、悲劇的な事件が起きたことを。


「……これが最期だから、私がここへ来た理由を教えておこう」


 ドールの声が、一段と低くなる。

 メイは、自分の考えが正しかったことを確信し。

 そしてまた――自らの最期も悟った。


「最も彼女に相応しいパーツの収拾と……」


 ドールの右手が横に伸ばされると。


「……そして、お前の排除だ」


 そこに黒い霧が現れ……やがてそれは、禍々しい一つの形を顕現させた。

 黒き怪物。

 三神院と流刻園を暴れ回った、黒木圭の成れの果て――。


「さあ、存分にやれ……ロキ」


 ドールは黒木をそう呼んだ。

 北欧神話のトリックスター。

 名を呼ばれた怪物は、気味の悪い脚をずるずると動かし。

 少しずつ……メイに迫っていく。


「魂の消滅とは、完全なる命の最期。その先には虚無しかない……」


 ――ああ。


 きっと彼も、こんな恐怖に耐えて笑顔を浮かべたのだろう。

 玉川理久。親友に成り代わり、その全てを奪って生きてきたあの男。

 狂気の果て、最期は親友に詫びて、魂の一欠片も残らず消えてしまった哀れな男。

 私は笑えそうもない、とメイは思う。

 それでも――最期くらいは、強がっていたいとも、思った。

 そうでなくては、示しがつかないから。


「――さようなら、流谷めい」


 ドールがそう言い捨てる。

 無数の触手が、メイの体を絡めとる。

 そしてブラックホールのような漆黒の球体に、彼女は引き摺り込まれ。

 後は形容し難いほどの異音とともに、その魂は砕かれていった――。

 


 ……これが、私に遺せた精一杯。だから、後はあなたたちに任せるわ。

 そして、ドール。もしあなたが、その儀式を行ったなら。

 その結末はきっと、この物語の最期の悲劇となるに違いない……。


 思い出しなさい。あなたの過去を。


 ――ねえ? トオルくん。

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