伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

二十九話 三神院幻想

公開日時: 2020年10月21日(水) 21:37
文字数:1,420

「さあ、行きなさい。もう眠り姫は嫌でしょう? はやく帰って、王子様にキスでもしてもらいなさい」

「順番が逆だよ、お姉ちゃん」

「いいのよ、細かいところは」

「……ふふ、まあそうだね」


 王子様のキス、か。

 確かに、長い間眠り続けた彼女には、それくらいのプレゼントがあっていいよね。

 ヨウノお姉ちゃんにとって、今の言葉は相当重い決断だと思うけれど。

 残された人の幸せを考えたとき……それが一番だと、自分の中で結論を出せたのだろう。

 ああ、やっぱりお姉さんだなと、光井家の長女なんだなと、私は尊敬した。

 眼前に、光の渦が現れる。

 この渦がきっと、こちらとあちらを繋ぐ道だ。

 アキノが、光の向こう側へと歩き始める。

 ……その途上で、くるりとこちらを振り返った。


「……お姉ちゃんたちがお姉ちゃんで、私、本当に幸せだったよ! 私、世界一幸せ者の、妹だった!」


 それが、今のアキノの本心。

 嘘偽りのない、魂の叫びだった。

 だから私たちも同じように。

 魂の奥底からの思いを、最期に叫ぶ。


「それは私も同じだよ、アキノ!」

「そうよ! 私だって、アキノがいない世界なんて考えられないわ!」


 私たち姉妹はどうしようもなく姉妹なのだ。

 とても満ち足りた、三姉妹だったのだ。


「……私たち、幸せだね?」

「ええ。三人とも、幸せなんだわ」

「……約束、守れてたんだね。……本当に、良かった」


 いつの間にやら私たちは。

 揃いも揃って涙でぐしゃぐしゃになっていた。


「……それじゃあ、私……帰るよ。こんな私を待ってくれてる人が、あっちにもいるんだからね……」

「ええ……元気でね」


 アキノの体がゆっくりと、光の渦に呑まれて消えていく。


「さよなら、お姉ちゃん。また……会う日まで」


 また会う日まで。

 それはきっと、生者と死者の間で交わされるべき、別れの言葉なのかもしれない。


「うん。さよならだよ」

「また会う日まで……ね」


 そして、アキノは帰っていった。

 彼女が在るべき世界へと。




 ――声。


 ――懐かしい、声がして。


 私は、ゆっくりと目を開ける。


「……アキノちゃん」


 そこには、私を待つ人たちの姿があった。


「マスミさん、ミオさん……」

「ようやく、お目覚めだね」


 微かに赤らんだ目を細めて、マスミさんは微笑む。ミオさんも、安堵の表情を浮かべてくれていた。


「ずっとこの言葉を君に言える日がくるのを、待ってたんだよ。……おはよう、アキノちゃん」


 おはよう。

 その普遍的な挨拶を聞けたのは、何年ぶりだろう?

 当たり前の目覚めが来なくて。

 夜明けが来なくて。

 独りきりの世界でずっと苦しみ続けた日々は、今やっと終わりを迎えたのだ。

 大切なお姉ちゃんたちが、私に太陽を運んでくれたから。


「……うん、おはよう」


 私も、二人に言葉を返す。

 当たり前の挨拶を。


「ありがとう、マスミさんも、ミオさんも。とっても長くて、とっても辛くて。……とっても大切な、眠りだった」

「……そうだね」


 マスミさんが、そっと頭を撫でてくれる。

 その感触を確かめながら、私は言う。


「……私、もう子どものままじゃいられない。お姉ちゃんたちのためにも、私は色んなこと、知っていきたい」


 三年間の空白を埋めるため。

 お姉ちゃんたちの思いを受け取った私が――大人になるために。


「マスミさん、ミオさん」


 私を待っていてくれた人たち。


「これから私にもっと沢山のことを、教えていってください」


 マスミさんもミオさんも。

 温かな笑顔で、そんな私を受け入れてくれたのだった。


 ――こうして私、光井明乃が眠りから目覚める旅は、終わったのです……。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート