「霧夏邸?」
ふいにそんな名前を聞いたので、俺は思わず聞き返していた。
「そう、町の外れにある馬鹿でかい洋館よ。昔一度、忍び込んだこともあるんだけどね。その洋館に……出るんだって」
「出るって何がさ、ハルナ」
適当に促してやると、彼女――法月東菜は不満げに口を尖らせ、
「出るって言ったらオバケしかないでしょ。ミツヤくん、鈍いなぁ」
さも当然のようにそう言ってのけた。
「鈍いって言われてもな……。ソウシ、お前はそんなの信じるか?」
俺――北村満也は、隣で成行を見守っていた月白荘司に話を振る。突然のことに驚いたソウシは、
「ああいや、俺は……」
と、言葉を濁した。
「とにかくさ、その霧夏邸に、皆で行ってみない? 泊り込みで、夜に邸内を探索するのよ。サツキちゃんもタカキくんと行くって言ってくれたし。ソウシくんも既に買収済みなのよ」
「何だって?」
「いや、はは。ユリカの奴が行きたそうにしてたからさ」
「はあ……」
ソウシは知っていて黙ったままでいたようだ。話を振った自分が恥ずかしくなるじゃないか。
「で、マヤくんも勿論オッケーしてくれて、後はミツヤくんだけなのよ」
「後は俺だけ、ねえ」
普段から仲良く遊んでいるメンバーは確かに勢揃いしているようだ。顎に手を当て、少しだけ考えるそぶりをしてから、
「……ま、用事もないし構わないけど。一泊二日だよな?」
「うん。明日は金曜日だし、宿題も気にせず行けるでしょ。各自食糧を持って屋敷に集合よ」
「はいはい、了解」
俺が軽い口調で了承すると、ハルナは心底嬉しそうな笑顔を浮かべた。そこまで嬉しいことなんだろうか。
「んじゃ、私はこれで。皆揃ってくれるのを楽しみにしてるね」
その顔に笑みを貼り付けたまま、ハルナは一足先に教室から出て行った。
「……悪いな、ミツヤ。面倒ごとに巻き込んで」
ハルナが去った後、ソウシが謝ってきた。普段から調子のいい彼にしては殊勝な発言だ。俺はすぐにその裏にある真意を察する。
「ん? ってことは、霧夏邸のこと、お前がハルナに言ったのか」
「ああ、お前にはお見通しか。最近ハルナ、オカルトっぽいことに興味持ち出したみたいだからつい話しちまったんだ。ほら、お前の親父さんと同級生の伊吹って人がいるだろ、この近くの病院で医師をやってる人。その人に霧夏邸のことを聞いたもんでね。なんでも、昔住んでいたあの家の前所有者も、同級生だったそうなんだよ。巷じゃちょっと名の知れた湯越郁斗って名前の男だ」
「ああ……」
情報源が伊吹さんだったことが分かって、俺は納得した。確かに、あの人は父さんと仲が良いし、ソウシとの関わりもある。
「で、伊吹さんから聞いた霧夏邸のことをハルナにうっかり喋った結果、こうなったわけ」
「なるほど。そのうっかりで皆が巻き込まれたから、お前も参加しないとは言えなかったわけだ」
「まあ、な。ユリカに話そうと思ってることもあるし、あの静かな邸宅はお誂えむきだけど」
思わせぶりなことを言うのでつい茶化したくなって、
「告白か?」
そう言ってニヤリと笑うと、ソウシは少し困ったような表情を浮かべた。
「……お前、直球だな。まあ、色々とな」
「ふうん……」
甘い思いを告げたい、というわけではないようだ。
もう少し突っ込んで聞いてやろうかとも考えたが、ソウシは慌てて話題を変えてくる。
「それよりお前、最近詩に夢中になってるってマヤから聞いたぜ。ほら、これこれ」
「あっ、お前いつのまに持ち出して……」
手癖の悪い奴だ。いつのまにかソウシの手には俺のノートが掴まれている。ノートは折り目を入れたページが開かれていて、そこには俺が自作したある文章が記されていた。
東南西北白発中
御福揺れしは
得る納屋を貸す
子夜に生きさま
阿字酔い伊勢の
特使他が品
香良き緒の俚耳
神野の眼那断つ
「……何だこりゃ。さっぱり分かんねえ。そもそも意味になってねえじゃねえか」
「い、いいだろ別に」
どうにか茶化そうとしていたソウシも、解読不能な俺の詩に困惑しているようだ。
まあ、理解されたくて作ったものなんかではないしそれでいいのだが。
「というか上に書いてるのは、麻雀牌の字牌か?」
東・西・南・北・白・発・中、という七文字が詩の上あたりに書かれているのを発見して、ソウシは訝しげに訊ねてくる。これも別に、説明してやることではないのだけれど。
「……そっちも勉強中なわけだよ。前に俺だけルール分からずに、除け者にされたし」
「はは、そいつはご愁傷様」
俺が答えると、ソウシは合点がいったという風に笑った。
「とにかく、明日の放課後だな。霧夏邸か」
「ああ。悪いがお前も付き合ってくれよ」
「分かってるって」
霧夏邸。何とも危うい計画なわけだが……さて。
どうなることやら。
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