伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

三話 邂逅

公開日時: 2020年10月24日(土) 08:03
文字数:2,376

「……ふう」


 念のため、二つある扉の内鍵をしっかり掛けてから、オレは近くの椅子に腰を下ろした。……一分ほどが経ったが、バケモノの足音などは聞こえてこない。何とか撒けたようだ。

 だが、落ち着いて状況を整理できるようになった今の方がむしろ、絶望的な気分になってくる。

 この状況は一体何なんだ。オレは一体、どんな地獄に突き落とされたというんだ。

 これが悪夢なら、早く目が覚めてほしい。

 でもこれは、きっと悪夢なんかではない――。


「……何にせよ、助けを呼ぶべきだよな」


 廊下に怪物がいる可能性も考え、オレは美術室の窓から外に出ようとする。

 そして手を掛けた窓は開かず、施錠されているのかと錠を確認したのだが、クレセント錠は外れた状態になっていた。


「……あれ?」


 錆びて開きにくくなっているのだろうか。そう思って今度は引っ張る手に力を込める。けれどもやはり窓はびくともせず、ピタリと内外を隔てていた。


「ど、どうなってるんだ……!?」


 悪質な悪戯でもされたのか、などとはもう思えなかった。施錠されていない窓が全く動かないのは異常だ。オレは手近にあった椅子を持ち上げ、窓に向かって思い切り振り下ろした。


 ――ガアァン!


 鈍い衝突音が室内に響き渡ったが、窓の割れる高い音はまるで聞こえなかった。無論窓には傷一つついておらず、反対に椅子の脚が一本、パキリと折れていた。

 こんなの、物理法則を無視している……!


「……おかしいだろ、こんなの……」


 まるで窓に結界でも張られているかのようだ。この学校の内と外が隔絶され、出入りが許されなくなっている。


「くそ、玄関に行ってみよう……」


 希望は持てなかったが、とりあえず正式な出入口も確かめておくべきだろうと、オレは怪物の気配がないことを確認してから廊下へ出た。そのまま玄関まで忍び足で向かい、両開きのガラス扉を開こうと試みる。

 ……だが、予想通り扉は全く動こうとしなかった。


「……一体、何が起こってるんだ」


 非現実的なことが連鎖しすぎて、頭がどうにかなりそうだった。

 これが嘘偽りのない現実だというのが、信じられない……。


「……あの、仮面の男だ。あいつを問い詰めることができれば……」


 この状況がどうして引き起こされたのか……きっと、奴なら知っている筈。

 オレとリクが奴におかしな術を使われたのは黄昏時のことだから、夜になった今も屋上に留まっている可能性は非常に低いが、一度行ってみるべきだろう。

 オレは気を失う前と同じように、中階段を黙々と上っていった。

「……流石にもういない、かな。気配もない」


 屋上に繋がる扉の前は酷く静かで、外は風一つ吹いている気配がない。

 仮面の男がいないことは殆ど確実だったが、ここからなら一応外には出られるかもしれないと、ノブに手を掛けてみた。

 ……だが、ノブは回れど扉は開かなかった。


「おいおい、ここも開かないのかよ……!」


 ここも美術室の窓や玄関扉と変わらないのか。一瞬そう嘆きそうになったのだが、感触を改めて確かめてみると、どうも扉は前後に動いてはいるようだ。

 つまり、鍵が掛かっているゆえに開かないだけなのだろう。

 校舎内各所の鍵は、どこに保管されているのか。恐らくは職員室にあるのではないだろうか。ここを開けることが出来れば、外の様子も確認できるし、最悪脱出も不可能ではなさそうだ。

 何にせよ、殺人事件まで起きているのだし警察にも連絡した方がいい。そのためにも職員室へよる必要はあるし、一度そこを目指すのが最善だと思われた。


「はあ……じゃあ、取りに行くかな」


 面倒臭いが仕方がないと、頭を掻きながら身を翻した、そのとき。

 ふいに、目の前の景色が歪んだ。

 気のせいではない。間違いなく、下り階段はぐにゃりと捻じれて。

 その中央からどす黒い何かが、急速に膨れ上がってきた。

 何かが――来る。


「なッ……!?」


 それは、またしても異形の存在だった。

 さっきオレの前に立ち塞がった怪物と同じ――いやそれ以上に醜悪なモノ。

 まるでブラックホールのような黒の球体が中心部に浮かび、その球体を抱くように蜘蛛のような無数の脚、或いは触手のようなものが囲んでいる。

 触手も体も、人間をそのままぐちゃぐちゃに潰した赤い肉で形作られており、グロテスクに脈打つその部分は血生臭く、吐き気を催してしまう……。


「また……化け物かよ……!」


 逃げなければ、とは思ったが、逃げ場などどこにもなかった。

 左右はなく、後ろは開かない扉。化け物が立ち塞がる前方以外に道はない。

 目の前の化け物は明らかに俺を狙っている。それでも、奴の脇をすり抜けるくらいの選択しか出来ないのだ。

 頼む、どうかその触手が俺を貫くことがないように――。


「……いい加減成仏しなよ、ケイ」

 

 声とともに、パシャン、という場違いな音がした。

 水を撒く音。それが化け物に振りかかる音。

 そして――悲鳴。

 鼓膜が破れそうな程の、金属質の悲鳴を上げて……触手の化け物は、痙攣しながら消失していく。


「……え……」


 あまりに突然のことに、俺が呆けていると。

 消えた化け物の向こう側……階段から、一人の青年がゆっくりとこちらへ上ってくるのが見えた。

 彼は、片手にガラスの小瓶を持ち、悩まし気な表情で化け物がいた地面に目を落としながら、


「……逃げた、か」


 低い声で一言、そう呟いた。


「まあ、間に合って良かったよ」


 この異世界のような流刻園で目覚めてから、ミイちゃん以外に遭遇した普通の人。

 死者でも化け物でもなく、ちゃんとそこに生きて存在し、話の出来る人……。


「あ……あなたは?」


 きっと命を救ってくれたであろうその人に、オレは名前を訊ねる。

 後から不作法だとは思ったけれど、そのときは頭が回らなかったのだ。

 幸い彼は、無事で良かったとオレに笑顔を見せてくれた。

 そしてとても安心感のある気さくな口調で、自らの名を名乗ってくれた。


「僕の名前は円藤深央。ミオって呼んでくれていいよ」

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