伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

二十一話 正体

公開日時: 2020年11月3日(火) 11:47
文字数:1,665

 急いで教室を出ると、廊下の向こう側からのそのそと歩いてくる巨体が見えた。

 まるで最初の再現だ。虚ろなる怪物が今、こちらに向かって歩いてきている……。


「……リク」

「あれ、が……?」


 ミイちゃんとミイナちゃんが、同じように驚く。母と娘だけあって、本当にそっくりだ。

 だがまあ、そんなことに感心している場合ではない。


「怪物みたいな姿になってるけど、リクの筈だ。あいつをどうにかできれば、全部終わる……」


 消去法で考えれば、あの怪物がリクで間違いないだろう。オレの肉体を奪い、オレの幸せを享受し、そして最後の最後に、誰にも渡すまいと全てを壊そうとした男。

 如何に友人であったとしても、それを良しとすることなんて、到底出来はしなかった。


「怪物にも、清めの水は効いてたな。……なら、地下の研究室まで誘導して……突き落としてやる」


 ミイちゃんのために水は使ってしまったので、取り得る作戦としてはそれしかなかった。

 大丈夫だ。動きはかなり鈍いし、恐らく思考能力も殆どゼロになっている。

 怪物というより、今のリクはただのデカブツだ。


「行くぞ……!」


 後ろの二人に待機を命じて、オレは怪物の脇を走り抜けようと、走り出す。

 そして、怪物とまさにすれ違おうという、瞬間だった。


 ――オトウサン


「……えっ……?」


 ……何だ、今の声は?


「待って、ユウサクくん!」


 遠くから、オレを呼ぶ声がした。

 弾かれるように視線を上げると、そこにはミオさんと……確か、吉元詠子という女生徒がいた。

 二人とも表情には焦燥の色がありありと浮かんでいる。

 しかし、待てと言われてもこの状況で一体どうすれば――。


「……うわッ!?」


 それは完全に不意打ちだった。

 怪物からの一撃ではない。怪物はむしろ、どういうわけかその場で動かなくなっている。

 オレが驚いたのは、ガラス片だった。

 ポケットに入れていたガラス瓶が突如として砕け散ったのだ……!


「何だ……!?」


 ガラス瓶の中には、消えかけの魂が入っていた。

 オレたちはそれを、息子のユウキだとばかり思っていた、けれど――。


 ――ハハ……ハハハハ……!


 脳髄に突き刺さるような、高笑いが反響した。

 この声の主……オレは、ハッキリと憶えがあった。


「その声、まさか――」


 ――馬鹿な奴だよ……お前は!


 間違えようもない。

 この声こそ、オレから全てを奪っていったあいつ――リクの声だった。

 瓶が割れるのと同時に、明滅する魂がオレのズボンのポケットから滑り出て。

 戻り始めていた生命力で、生前の姿を形作った。


「……リク……!」

「僕に力を取り戻させてくれてありがとう……」


 そうか……そういうことだったのだ。

 こいつは、無害な魂と思わせておいて、オレたち生者と行動を共にすることで、少しずつ生命力を吸収し。

 そして人の姿をとれるまでに回復したところで、正体を現したのだ。


「お、お母さんッ!?」


 ミイナちゃんの困惑した声が聞こえた。

 背後を振り返ると、ミイちゃんが無理矢理こちらへ吸い寄せられるのが見えた。

 そこで一瞬だけ、意識が遠のく。

 何かと思えば次の瞬間――オレが宿っていたユウキの体が、ドサリと地面に倒れた。

 つまり――肉体と霊体との接続が切れたのだ。

 オレは霊体に戻っていた。

 それだけではない。オレのすぐ近くにいた怪物も、いつのまにかその姿を失っている。

 地面には、大人になったオレの体があった。


「ユウサクくんッ!」


 ミオさんが、必死に駆け寄りながら手を伸ばす。

 しかし、もう全てが手遅れだった。

 リクはさっきのように高笑いをしながら、オレとミイちゃん、それにユウキの魂を吸い寄せる。

 オレは必死にもがいたのだが、それは全く無駄な努力だった。


「――さよなら、だ」

「うあああああぁぁあッ!!」


 全身が千切れそうな痛みが、襲う。

 そしてそのまま、世界が暗闇に染まっていく。

 聞こえるのは、砂嵐のような雑音と、近付いてくるミイちゃんの悲鳴だけ。

 ……意識が消え去るほんの直前。

 いくつもの魂が、重なり合うのを感じて。

 歩んでこなかった沢山の思い出に圧し潰されたオレは、果たして自分が何者なのかという疑問に苛まれながら……闇へと落ちていった。

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