伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

二十四話 黒靄

公開日時: 2020年11月4日(水) 21:36
文字数:1,561

 教室から出ると、その先には廊下が伸びていた。

 しかし、崩壊しかけのリクの心象世界というだけあって、その風景は普通じゃない。

 ネガポジが反転しているのはさっきと同じとして、この廊下には殆ど壁が無かった。

 廃墟のように崩れてしまっているのだが、その先には地獄のような赤と黒のグラデーションが広がっている。

 少しだけ、崩れた壁から顔を出して下を見てみると、そのグラデーションは下にも続いていた。

 直感で分かる。心象世界の中で、この教室と廊下だけが辛うじて形を留めているのだから、ここから外れてしまったら、身動きが取れなくなりそうだ。赤と黒の空間を、永遠に落ち続けることになったりするのだろうか。


「落ちないようにしなきゃな」

「うん。離れないようにしないとね」


 ミイちゃんは、その細い体を寄せてくる。

 冷たい世界の中で、彼女だけが温かい存在だった。


「……先に進むしかないんだろうけど」


 廊下の先に目を向ける。

 しかし、進む先は壁だけでなく、床すらも崩落してしまっている状態だ。

 二年一組以外の教室も形だけは何とかあるようなので、迂回しながら進んでいくことになるだろう。

 完全に途切れているところは、飛び越すしかなさそうだが。


「……ん?」


 前方を見つめ続けていると、そこに黒いもやのようなものがあることに気が付く。

 色は黒いのだが、何となくオレはガラス瓶に詰めていたリクの魂を思い出した。


「これは……」

「何だろう……思念?」


 ミイちゃんも同じような想像をしたらしい。

 ある程度丸みを持っているそのもやは、ふわりふわりと空間内を漂っている。


「もしかして、これ……」


 この記憶世界はリクのものだが、リクは今、オレたちの魂を全て取り込んでいる。

 なら、ここに漂う思念の数々は、リクやオレたちのものなんじゃないだろうか。


「もしこれが、私たちの魂の欠片みたいなものだったら」

「この中からリクのものだけを追い出すようなことが出来れば……」


 最終的にはリクの魂を弾き出すことも出来るかもしれない。


「試してみようよ、ユウくん」

「ま、それしかねえかな」


 ここまで来たら、難しいことを考えていても仕方がない。

 なるようになれ――いや、なるようにしてみせるだけだ。

 オレは、黒いもやに手をかざす。

 すると、触れた手を通して記憶の断片が、オレの頭の中に流れ込んできた。



 放課後の教室。

 クラスメイトたちがいなくなった教室で、ミイちゃんと二人、語り合った日の光景。

 校庭で熱心に部活動に励む生徒たちを見下ろしながら、オレたちは仲良く話をしていた。


「……だから、これは七不思議とはちょっと違うかもしれないんだけどね」


 いつ頃の記憶だろうか。多分、オレがこうなるより二ヶ月ほど前のことだろうか。

 ただ、一つだけ確実に言えるのは、これは他の誰でもない、オレの記憶だということ。


「メイさんが学生だった頃一緒だったその子は、素敵な人だけど近寄りがたいって感じだったみたい」

「へえ……。その子の名前は?」

「何だったかなー。マイちゃんとかマミちゃんとかだった気がするなあ……」


 いつもの、他愛のないお喋り。

 確かこの日は、流刻園にその昔在籍していた不思議な学生の話をしていた筈だ。

 その子の名前がマイちゃんなのかマミちゃんなのかは、ついぞ分からなかったけれど。

 まあ普段通り、半分聞き流しながらも楽しい時間を過ごしていたものだ。



 記憶を、オレの中へ取り込む。

 さほど難しいことではなかった。

 記憶世界というものは、そういうことが出来るようになっているらしい。

 取り込みが終わると、手を触れていた黒いもやは輪郭を無くし、やがて消えていった。


「……これで、一つ」

「上手くいったの?」

「ああ、何とかなりそうだ」


 この調子で全ての記憶を選別し、リク以外のものは取り込み、リクのものだけは弾き出す。

 そうすることで、リクの思惑を打ち破ることは出来そうだった。

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