伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

九話 「信じてほしい」

公開日時: 2020年11月19日(木) 21:19
文字数:1,423

「トオルくん!」


 暗幕に手をかけようとしたとき、背後から声が飛んできて、私は心臓が止まりそうになった。

 その声は――テラスのものだった。


「ここは、……立ち入り禁止なんだよ。トオルくん」

「テラスさん……」


 彼は照明を点けると、慌てた様子でこちらへ近づいてくる。部屋の状況はさっきまでより鮮明になったものの、テラスがいるせいでじっくり確認は出来なさそうだった。


「この向こうには、一体何があるんです? この暗幕の向こうには」


 部屋を隔てるその幕を指差しながら、私は問うた。彼ならば、私に本当のことを告げてくれるという、甘い期待を抱いて。

 けれど、テラスは悲しげな表情を崩さぬまま、諭すように私へ告げた。


「研究というものは、秘密にしておくべき技術なんかが沢山ある。この向こうには、そういった秘密にすべきものがあるわけだよ。……だから、トオルくん。ここには立ち寄っちゃいけない」


 ――君なら分かってくれるだろう?


 テラスさんの目が、そう訴えていた。

 その否定的な視線を、私は受け止めきれず。


「……ねえ、テラスさん。俺はテラスさんを信じて、いいんですよね?」

「ああ……信じてほしい」


 それを到底信じられはしなかったけれど、とりあえずはこう答えるしかなかった。


「その言葉を……今は信じることにします――」





 こうして私の潜入調査は、何の成果も得られず失敗に終わった。

 唯一の救いは、テラスがこのことを秘密にしておくと誓ってくれたことくらいか。それも百パーセント信じていいものかは分からなかったが、どちらにせよ彼が約束を守ってくれることを祈るしかなかった。

 結局、暗幕の先にあるものが何なのか明らかにはならなかったが、テラスの慌てようからすれば、決して小さな秘事では無い筈だった。

 その闇を暴ければ、マミは。

 私は悔しさを噛みしめながらも、その日は時間も遅くなっており、撤退するしかなかった。


「ねえ、トオル」


 茜色の陽光を受けながら、マミは私の方を見つめる。


「今日のことは……不安になったと思う。マモルさんも風見さんも、秘密主義なところがあるし」

「そうだよ。不安だな……俺は」

「……うん」

「でも、二人とも私たちのことを真剣に考えてくれてる。その上で、一番良い道を選ぼうとしてくれているのよ、きっと……」

「どうしてそう言い切れるんだよ、マミは!」


 あまりにもマモル側に傾いた意見に、私は耐えきれなくなって反論した。

 当然だ。マミの言葉はもう、明らかに私の思いを否定するものだったのだから。


「あの二人が何を考えているのか、まるで分からないのに。マミは必ずあいつらにつく」

「……ええ、私は少し話を聞いたけど、それでもあんまり分かっちゃいないわ」


 でもね、とマミは続ける。


「トオルは私の気持ちをすんなり理解して、受け止めてくれていたでしょう?」

「そりゃ、勿論」


 今だってそうしたい。そう言いたいのを我慢して、私は答えた。


「マモルさんともね。……私はそうなれるんじゃないかって、思うから……」

「マミ……」


 そのときには最早。

 マミの隣に自分の居場所が残されていないことに、私は気付いた。

 私の席だったその場所は、いつのまにか波出守によって、奪われてしまっていたのだ。

 もう私は、マミにとってのヒーローでも、大切な存在でもない。

 そう、もしかしたら既に私は、ただ……ただ邪魔なだけの存在に成り下がったのかもしれない。

 そんな思いが渦巻いて、……私は更に惨めな気持ちにならざるを得なかった。


 ……そして、運命の日がやってくるのだ。

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