伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

三十四話 「これが、ドールなんだね」

公開日時: 2020年12月14日(月) 21:17
文字数:1,859

「どう、マミちゃん。何か面白いものでも見つけたかい?」

「ああ、いえ……ただただ広さに驚いてます。そこが、お薬の研究所ですか?」

「その通り。小さいけど地下室も設けてあって、本格的なことが出来るようになってるんだ」


 一階の西廊下で、マミとマモルが話している。

 マモルの後ろにある扉の先は薬品の研究所になっているようで、その詳細について彼が語っていた。


「腕の良い研究者がいてね。……風見照(かざみてらす)っていう奴なんだけど。ぼーっとしててドジそうに見えるんだが、その筋ではかなり有名な奴なのさ」

「へえ、風見さん……」


 風見照。ようやくその名前が出てきた。

 降霊術の基礎を構築したとされる、始まりの研究者。

 霧夏邸の事件を皮切りに連続して発生した昏き儀式。

 全ての悲劇は、彼が生み出したいわば『プロメテウスの火』から始まっている。


「……これからどうする?」

「そうですね……家の中なのに歩き疲れちゃって。ちょっとだけ、部屋でお休みさせてもらおうかな」

「はは、オッケーオッケー。ゆっくり休んでくるといいよ」


 二人は別れ、マミはまた客室へと戻っていく。

 ヨウノとツキノも、それに連動して客室へ引き込まれた。


「気疲れしちゃったかな……少し、寝ちゃおう」


 マミはまぶたを擦りながら言い、掛け布団を捲る。

 そしてベッドに潜り込むと、やがて静かに寝息を立て始めるのだった。

 訪れた静寂。傍観者のヨウノたちは、今が情報を整理するのにちょうどいいだろうと話し合う。

 それは、二人が感じる『齟齬』の確認でもあった。


「ここまで見てきたわけだけれど……」

「表面上は、恋する大学生の日常……なんだけどね」

「やっぱり、ツキノも変だと思う?」


 姉の問いかけに、ツキノは頷いて肯定を示した。


「うん、おかしいよ」

「……ええ」


 セピア色をした、記憶の世界。

 そこには色彩だけでなく、もう一つ足りないものがあった。


「これはドールの記憶の筈。でも、一体どこにドールらしき人間がいるっていうの?」


 そう。

 ヨウノが指摘するように、この記憶の中には。

 ドール……つまり仁行通の姿がどこにも見えないのである。

 名前は何度も出てきているので、ヨウノたちが見ているシーンには偶然登場していないだけかもしれない。

 でも、これはドールの深層に眠る記憶なのだから、本来は視点主であるドール自身がいなければおかしいのだ。


「私たちがドール視点の代わり? ……いえ、それでも変だわ」

「今までの全てのシーンで、ドールはいないことになってるもんね」


 マミとマモルが、本人がいない前提でドールのことについて話している。

 ならば、その場にドールがいなかったことは明白だ。

 もしかすると、マミとドールの記憶が何らかの原因で混在しているのだろうか。

 否……それでもまだおかしいのだ。

 ドールはここまで一度たりとも登場していないのだから。

 果たして答えとは何か。姉妹が頭を悩ませていると、ふいに衣擦れの音がした。

 マミが寝返りを打ったのかと思ったが……そうではなかった。

 彼女は、いつの間にか上体を起こしていた。

 目が覚めたのか。……それにしては、彼女の表情は――。


「……こ……これは」


 虚ろな目。

 感情の消えた顔。

 その表情のまま、マミはゆっくりとベッドから抜け出して。

 扉を開くと、外へ歩き去っていった。


「……追いかけよう」


 二人の心臓は、早鐘を打っていた。

 全てに説明がつく、たった一つの解答を眼前にして。

 そう……それならば有り得るのだ。

 ドールの記憶にドールがいなくとも、間違いではないのだ。

 夢遊病者のようにふらふらと、マミは階段を下りていく。

 そうして玄関ホールの前までやってくると、一度棒立ちになり、静かにまぶたを閉じた。

 数秒間。世界が止まったかのような沈黙の後。

 再び開眼したマミは……こう、口にした。


「……中身もご大層なことだなあ」


 ぶっきらぼうな、低い声で。


「さて、俺はどうすればいいのやら」


 一人称を『俺』に変えて……ホール内部を、そう評したのである。

 まるで初めて目にするものかのように。


「とりあえず、誰かいないか見て回るか……。一応俺も、招かれてるらしいしな」


 さっきまでとは、歩き方までが違う。

 明らかに別人となったマミは……一階の東廊下へと歩いていく。

 その背中を見送るヨウノたちには、もう。

 明確な解答が、導き出されていた。


「……これが」


 思わず。

 ツキノの両目から、涙が零れ落ちた。

 それは、誰に向けてのものだったか。

 マミか、トオルか、いや……きっと全ての者へ。

 誰もが被害者でしかなかった、この物語全てへ。


「これが、ドールなんだね」


 色を無くした世界に、真実が谺した。

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