「……ん?」
考え始めたところで、ズボンのポケットが微かに震えていることに気付く。どうも勘違いではないようだ。
確か霊を保管したビンが入っていた筈と思いながら、そのビンを取り出してみる。
「……ビンの中の光が動いてる」
「ビン?」
「うん。ボロボロになった魂がいてさ。ビンの中へ入れて保護してあげてたんだけど……」
ミイナちゃんが訊ねてきたので簡単に経緯を説明しつつ、目の前までビンを近づけ中を観察してみる。
どうやら最初はボロボロだった魂が、ほんの少しだが修復されているように思えた。僅かに明るくなっている。
「……あれ」
ビンの中の魂は、小刻みに震えているだけかと思いきや、どうもある方向に行きたがっているようだった。
「……どうしましょう?」
「今は何も手掛かりがないし、ダメもとでこの魂に任せてみるのもいいかもしれないね」
ミオさんがそう言ってくれたので、オレも行き先を委ねてみることにした。
ビンの内壁にぶつかり続ける魂。その方向へ、オレたちは進んでいく。
少し左に逸れているものの、基本的には奥へ、奥へ。光はいつまでも同じ方向に傾いている。
このまま先に進むと、あるのは舞台袖だ。扉の前まで辿り着いても光は傾き続けたままだったので、その扉を開けて舞台袖に入る。
緞帳を操作する装置や演壇などの備品が所狭しと置かれている空間。使用頻度が少ないので、多少埃っぽかったが、そこは我慢だ。……確かに何かを隠すなら、ここは最適な場所だという気はする。
「ここに、何かが……」
ビンの中の魂が、その傾きを変える。
こいつが手掛かりを知っているのなら、もうすぐ近くにその手掛かりがあるのだろう。
それは、オレの死体なのか……或いは。
「あっ……」
見つけた。
演壇の上に置かれていたそれは――次の場所への鍵だった。
「二年一組の、鍵……」
ミイちゃんの遺体がある教室の鍵だ。
最初は開いていて、いつの間にか閉まっていた場所の鍵。
それがここにあるのなら、確実にオレとミイナちゃんが出ていった後に置かれたものだろうが……ビンの中の魂は、どうしてここに鍵があることを知っていたのだろう?
「この魂、リクの後を追っていたのかな」
「かもしれないね。ユウサクくんが出会った怪物がリクくんだったとしたら……教室を施錠し、鍵をここに置いていく。その一部始終を見ていたのかも」
「……ひょっとしたら、この魂がユウキだったりしないかな?」
「ううん、ユウくんには戻る体がなかっただろうし……その可能性は、あるかもしれないですね」
オレとミイちゃんの息子だという、ユウキ。その体は今、オレが憑依してしまっている。
戻る場所を無くしてしまったユウキの魂が今ここにあって、オレたちを導いてくれている。そんな風に思えなくもなかった。
「……もしそうだとしたら、元気になってくれればいいんだけど」
「そうですね……」
もしもこの魂がオレの息子、ユウキだと言うのなら。
消えてしまうなんてことは、あってほしくない。
例えこの世に生が戻らずとも、せめて魂だけは救いたかった。
そして、一緒に旅立ちたかった。
「……皆、気を付けて!」
突然、オレたちに警戒を指示したのはミオさんだった。
彼は舞台の方へ上がっていき、そこから館内を見下ろすと……怒りか悲しみか、とにかく顔を歪ませる。
「ミオさん……!?」
オレが慌てて後を追ったが、ミオさんはその途中に手で制止の合図を送る。
だから、垂幕ギリギリの辺りで、オレは止まった。
「……ヤツだ」
「あ……」
ミオさんの視線の先に見えたモノ。
それは、屋上前でオレに襲い掛かろうとした、あの化物だった。
「なっ……!?」
「くそっ、こんなときに……!」
全てを絡めとろうとする、触手のような無数の脚。
中央に存在するブラックホールのような漆黒は、酷く恐ろしいものの筈なのに、魅入られてしまいそうにもなる。
「怖い、何あの怪物……」
ミイナちゃんもついてきて、オレの後ろで怯えたように呟く。その声を聞き取ったミオさんは、同じくらい小さな声で、
「……僕の元友人、だよ」
「え……?」
その答えに、ミイナちゃんだけでなくオレもまた、驚愕するばかりだった。
「……そうだね、二人はこのまま二年一組に向かってほしい。ケイ……あの怪物は、僕が何とかするからさ」
そう言えば、一度目にあの怪物を退けたときも、ケイという名前を口にしていた憶えがある。
つまり、それがあの怪物が人間だったころの、名前。
ミオさんの友人だったころの……。
「ミオさん――」
「話してるヒマなんかない、早く!」
「……分かりました!」
ミオさんのことは、ミオさんの問題だ。
ここを何とかすると言った以上、オレたちは黙って彼に任せるべきだろう。
オレはミイナちゃんの手を引き、舞台袖から体育館の端から出口へ向かって駆けていく。
……ミオさんと別れるとき、彼が零した言葉が、妙に耳に残った。
「……ねえ、ケイ。君の未練って、何なんだろう? ……そんなものが残ってるのかは、もう分からないけど――」
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