「……痛てて。今のは」
「ナツノちゃんの記憶……だな」
地下室から地上階へと戻る道中。
俺たちの脳内に、突如として意識のようなものが流れ込んできた。
あれは、ハルナとナツノが雑談をしている場面だ。
時期的に、俺が引っ越しをした後のことだろう。
「留美さんの記憶が流れ込んできたときに、別の声が混じって聞こえてきたが……あれもナツノちゃんの記憶だったのかもな」
「この場を支配する霊になってるってことなら、そうなんだろう」
まやくん、という声。
あれは間違いなくナツノのものだ。
「あっ、ミツヤくん、ソウシくん!」
「……ん?」
階段を上がりきったところで、廊下の先から声が聞こえてきた。首を動かすと、玄関ホール側からマヤとハルナが歩いてきていた。
……だが、サツキがいない。
「おいおい、今度はどうしたんだよ。なんでサツキがいないんだ?」
「そ、それが……私たちがちょっと油断した隙に、いなくなっちゃって」
「何だって!?」
三人は食堂でじっと待機していたらしい。しかし、長時間緊張しっぱなしなこともあって、ぼうっとしてしまっていると、いつの間にやらサツキが姿を消していたのだという。
「どうしていなくなっちゃったんだろう……霊に襲われたら、殺されちゃうかもしれないのに」
「本当だよ。僕たち全員で生き残ろうって励ましあってたのに」
二人はこの状況にすっかり困惑しきっていた。三人で大人しく待っていると約束したばかりなのにこうなってしまったのだから、困惑するのも無理はない
「サツキが二人と離れちまったのは、あいつがタツマ……いや、タカキを殺した犯人だからだろう」
「え!?」
「そ、それって本当なの……?」
「ああ。元に戻したタカキ本人に聞いたんだから間違いない。あいつがタカキを殺してしまったんだ……」
俺が簡潔に、タカキが殺害された理由について説明すると、ハルナとマヤはその隠された過去に驚愕しつつも、二人に対して同情の念を抱くのだった。
「……なるほど。ミツヤくんがタカキくんを解放しに行くって言ったから、殺したことがバレると思っていなくなっちゃったわけか」
「思えば、タカキの霊を鎮めに行くって言ったときのあいつ、ちょっと変だったもんな。普通なら、解放してやってほしいって気持ちになるだろうに」
霊を解放し、話せるようになってしまったら……死者に罪を告発されてしまう。そうなればもう、言い逃れなど出来はしない。
死者の告発。罪人にとって、それはどれほど恐ろしいことだろう。
「とにかく、急いであいつを探そう。いつ悪霊に襲われるとも限らないんだから」
「そ、そうだね……!」
俺たちは四人で固まって、いなくなったサツキを探すことにした。
あいつが霊にやられてしまう前に、必ず見つけて連れ帰らなければ。
それが……タカキとの誓いなのだから。
*
それから十分ほどで俺たちは屋敷の一階をぐるりと一周した。しかし、念入りに探してもサツキの姿はなく、彼女は二階にいるらしいと結論付けられた。
玄関ホールから階段を上がり、二階へ。そして再びぐるりと一周し、彼女を見つけようとしていたそのとき。
ふいに俺たちを、寒気が襲った。
「な、何だ……?」
室温が下がったというわけではない。この感じは多分――霊だ。
「あっ……!」
ハルナが遠くの方を指さした。そこには、ぼんやりとだが何かの輪郭が浮かんでいる。
輪郭はだんだんと濃くなっていき……そして、五秒も経つころには、ハッキリとした形をとっていた。
「あれ……ユリカちゃん!?」
確かに、ハルナの言う通りユリカちゃんの面影が多少はあった。
髪型や服装は、彼女と同じだと辛うじて分かる。
けれど――これまでの悪霊と同様に。
彼女もまた悪霊として、見るに堪えないズタズタの姿に変質してしまっていた。
「こ、こんなときに現れちまうなんて……!」
タカキが悪霊化してしまった以上、ここで死んだ人間は悪霊になってもおかしくはない。分かってはいたはずだが、油断していた。
「……ユリカ」
ソウシは無残な姿に変わり果てたユリカちゃんの悪霊を見て、拳を強く握りしめる。
そして、覚悟を決めた様子で俺たちにこう告げた。
「三人とも、ここは俺に任せて、サツキのところへ行ってやってくれ」
「馬鹿、何言ってるのよソウシくん!」
悪霊を一人で相手するという無謀な提案に、ハルナは当然無茶だと怒る。しかし、ソウシの意思は固い。
「……ユリカのことは、俺が責任を持ちたいんだ。助けられなかったならせめて……俺の手であいつの魂を浄化してやりたいんだよ」
「ソウシ……」
「ミツヤ。お前なら分かってくれるだろ。それが俺のすべき、せめてもの償いなんだよ……」
ソウシは、親友として俺を信じてくれている。引き受けさせてほしいと言っている。
それがどんなに危険でも。……俺に止める権利などありはしなかった。
俺だってそう変わらないのだから。
「分かった、ユリカちゃんのことはお前に任せる。……けど、しっかりやれよ。お前はまだ生きてるんだから」
ソウシも、生を捨てようとしているわけではない。必ず……無事にやり遂せるはずだ。
だから俺は、俺たちは信じる。
「ソウシくんなら大丈夫だよね!」
「頼んだよ、僕らも早く戻るから!」
「ああ、待ってるぜ!」
俺たちは二階へ、そしてソウシは一階へ。
わざとユリカちゃんを引き付けるように動きながら、彼は階段を下りていき、誘いに乗るように霊も後を追った。
これで、俺たちに危険は及ばなくなった。
「……よし、サツキのところに行こう!」
「サツキちゃんを説得して、急いでソウシくんのところに戻らなくちゃね!」
俺たちは三人で頷き合い、廊下を駆けていった。
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