伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

二十三話 山口貴樹②

公開日時: 2020年10月1日(木) 20:02
文字数:1,901


「僕の本当の名前が力本発馬ってことは、気が付いていたんだろう? メディアはもちろん本名を伏せていたけど、町ではそこそこ噂になっていたから。ちょっと調べれば、僕がその犯人ではないかということも、証拠はなくても予想できたはずだ。

 ……あの頃の僕は、最低なガキだった。自分が世界で一番偉いんだって、本気で思っていた馬鹿だった。だから、僕は取り返しのつかない過ちを犯した。人一人……いや、一つの家族の明るい未来を奪ってしまったんだ」


 幸せに満ちていたであろう河南家。ずっと続いていくはずだったその幸せを、彼は幼稚過ぎる動機によって呆気なく、奪い去ってしまった。

 いや……それは動機とも呼べるものではないか。


「捕まって、閉じ込められて、両親からも見離されてから。僕は自分が如何に醜かったかということに気付いた。それはあまりにも遅すぎることで、もうどんなに自分を変えようとしても、その行いは無意味なように思われた。……でも、監獄の中で、一人の男の人が救いの手を差し伸べてくれたんだ。それが今の父さん……山口雄一だった。

 彼には息子がいたんだが、その息子も非行少年だったらしい。そんな息子の行いを恥じた母親が、ある日息子の部屋に火をつけ……そして、父さん一人が生き残ったんだとか」

「……なるほど。どういう理由でと思ってたが、山口さんは自分の息子とお前を重ね合わせていたのか」


 ソウシは納得した、という風に頷く。


「僕は父さんに引き取られ、自分を変えようと決心した。父さんのためにでもあるし、自分自身のためでもあるし、何より……被害者の、河南洋子さんのために。それから僕は、良き人間であろうと生きてきた。ずっとずっと、生きてきたんだ」


 良き人間になるため、ひたすらに努力し続けたからこそ。彼は俺たちの友人になったわけだ。

 秘めた過去が明らかになっても。それを簡単には信じられないわけだ。


「ある日僕は、偶然にもユリカちゃんと友だちになった。親しくなったサツキを通して知り合ったんだ。河南という名前で僕はすぐ気付いたよ、この子は僕が傷付けた人の子どもなんだと。……だから、僕はいつかユリカちゃんに真実を伝えて謝ろうと思った。僕が力本発馬なんだと打ち明けて、心から謝らなければと、そう思ったんだ。そして――良い機会がやって来たと、ハルナの誘いに乗った」

「……てっきり、お前は嫌々サツキに付いてきたんだとばかり思ってたが、そういうことだったんだな……」

「許してもらえるかは分からなくても、僕は今の気持ちを伝えたかったんだ。それはひょっとしたら、相手の心より、自分の心の苦しみを軽くしたいという、わがままだったのかもしれないけれど。こんな風に巡り会ったこと、無駄にはしたくなかったんだよ」


 タカキの言葉は、心からのものだと自然に受け入れられた。それは、彼の目と言葉が、どこまでも真っ直ぐだったからだろう。

 そこには嘘なんて、僅かもなかった。


「……だけど。僕は少しばかり思い違いをしていた。それが結果的に、自分自身を……いや、あいつまで巻き込んで破滅させることになってしまった。過去を乗り越えようとしていた僕は、その過去に呑み込まれることになってしまったんだ」

「……それって」


 俺の中で、バラバラだったピースが繋ぎ合わさっていった。

 けれど、形作られたその全体像は、とても救いのない真実で。

 だから、あのときサツキは。

 声を張り上げて怒り狂っていたのだ……。


「サツキは、僕の素性まで行き着いているわけじゃなかったけれど、最近の僕の態度を訝しんでいたようだった。それで夜遅く、僕を部屋に呼んで聞いてきたんだよ。隠し事があるんじゃないのか……ってね。

 食事時の一件もあったから、素直に白状するかどうかは当然迷った。でも、ここで嘘を吐くようじゃ山口貴樹として胸を張れない。そう思って僕は、サツキに全てを告白したんだ。過去の罪も、これからしようとしてることも全部。

 はは……サツキは烈火のごとく怒り狂ったよ。ミツヤが部屋にいたとしたら、壁越しに聞こえてたかもしれないな。僕は詰られ、叩かれ、そしてユリカちゃんに二度と近づくなと言われて。ただただ謝って、部屋を出るしかなかった」


 盗み聞きしていたとはとても言えないが、あのやりとりにはそういう経緯があったのだ。

 そして、彼は……。


「……どれだけ変わろうとも、罪人の過去を無くせるわけじゃないことは理解してたよ。だから、サツキに否定されたことも諦められた。でも、せめてユリカちゃんへの謝罪だけは、どうしてもしたくて。その後二度と近づかなくてもいいから、謝りたくて……僕は零時前、部屋を出た。ユリカちゃんの部屋へ、行こうとしたんだ」

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