伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

十四話 真実を映す(記憶世界)

公開日時: 2020年10月14日(水) 08:02
文字数:1,923

 二番目の部屋には、チェス盤があった。

 いや、その表現は正しくない。

 正確にはこうだ。

 二番目の部屋は、チェス盤だった。


「盤面に、なってる……」


 白と黒。モノクロの世界でもそれくらいは分かる。

 部屋の床面は板ではなくタイル張りで、それはチェス盤のように白黒交互になっていた。

 更に言えば、チェス盤らしく盤面の上には駒も並んでいる。

 但し、駒は私の身長ほどもある巨大なものだった。


『チェックメイト』


 これはヒントではなく答えのようなものだ。

 つまり、駒を動かしてチェックメイトにすればいいということ。

 盤面を俯瞰することが少し面倒だったけれど、問題自体はそこまで複雑ではなかった。

 たった二手で完結する程度の、易しい謎解きだった。

 白が私、黒が相手。私の手番からの二手詰めだ。

 状況を整理して、私は早速駒を動かし始めた。


「ここをこうして……」


 クイーンを敵陣深くに食い込ませる。

 駒の数は非常に少なく、相手のキングを守る壁はない。

 最奥まで進んだクイーンがチェックをかけ。

 それを防ぐために、黒のナイトがクイーンを取りに来た。


 ――ガキィッ!


「ひゃッ!?」


 一瞬の出来事。

 只の駒だと思っていたナイトが、突如クイーンに体当たりを仕掛けたのだ。

 巨大な駒同士が衝突し、激しい音とともにクイーンが砕け散る。

 その残骸の上に、黒のナイトが新たに居座ったのだった。


「……はは……こんなの、滅茶苦茶だ」


 現実じゃない。それは理解している。

 でも……こんなのは、あんまりだった。

 心の奥底で、恐怖が増幅してきている。

 そのことが伝わってきて……私はいつの間にか、手が震えていることに気付いた。


「……もうちょっとなんだ」


 怖いけど、もうちょっとだから。

 私を取り戻すまで、ほんのちょっと。

 自分に言い聞かせるようにして、私は震えを制止する。

 そして、今度はルークを動かし始めた。

 ……サクリファイス。

 犠牲の上に、キングを討ち取る。

 何となく、不穏な感じがした。

 ただの戦略の一つでしか、ない筈なのに。


「――チェックメイト」


 そう宣言した瞬間。

 駒たちは、さっきのぬいぐるみのように塵となって消えた。

 正解すれば、もうこの部屋に意味はなく。

 用済みの部屋は、存在すら許されずに消えていく……。


「……私は」


 私は、このチェスの知識を。

 一体誰から教わったのだっけ……。





 最後の扉を抜けると、長い階段があった。

 黒き影に追われたのとは逆に、今度は上り階段だった。

 段差はそれほど急でなく、かなりの距離をかけて上っていく感じだ。

 果ては見えない。


「……この先に」


 答えがある。

 不思議と、そんな確信があった。

 取り戻すための前提は、もう既に越えていて。

 後は決定的な答えを、知らしめられるだけなのだ。


 ――そう。


 頭の中で、幾つもの言葉がリフレインする。


 ――ふふ、ツキノには届かないでしょ?


 届かない本棚。


 ――お姉ちゃんにもらったぬいぐるみ、もう結構ボロボロになっちゃったなあ……。


 しまわれたぬいぐるみ。

 切り取られた世界の中で。

 抜け落ちた私にはめ込まれたのは。

 階段に一歩、足をかけ。

 私は、真実へと上り始める。


 …………


 ……





 ――謝ることしかできない。


 ふわりと、その足を地上へと降ろして。

 私は、静かに彼女を見上げていた。


 ――私には、謝ることしかできないよ。


 そう、それだけが許されることなのだと。

 自分でもう、理解していたのだ。

 あなたをいつも悲しませていたことを、私は申し訳なく思っている。

 振り返ってみれば、いつだってあなたはそうだった。

 あなたはいつも、罪のない不幸を背負っていた。

 私と■■■お姉ちゃんのせいで。

 お守りのときだってそう。一度渡したお守りを、やっぱり■■■お姉ちゃんの色がいいと私は泣いた。

 そのときあなたは、必死に私を慰めてくれた。

 私たちが同じものを取り合ってケンカしたとき、あなたはいつも、間に入ってくれたよね。

 ……ありがとう。

 そして、ごめんなさい。

 嘘つきな私を……許してください。


 ――ツキノお姉ちゃん





「……そういうことだったんだね」


 階段を上り終えた先。

 私を待っていたのは、一枚の鏡だった。

 姿見だ。

 この記憶世界で、これまで目にすることのなかった鏡。

 部屋を再現したならあって然るべきなのに、存在しなかった鏡……。

 もしも最初から鏡があって。

 自分の姿を映していたのなら。

 きっと、もっと早くに理解していた筈なのだ。

 だって、それは決定的なことで。

 一目見るだけで、それが真実になるというのに。


「私は……光井月乃」


 三姉妹の……次女。


「決して、陽乃お姉ちゃんじゃない」


 あの明るい、太陽のような姉じゃあない。


「私は……」


 それでも、多分佇まいだけはどこか似ていたから。


「私はあの日、お姉ちゃんと間違えられて殺されたんだ――」


 残酷な真実を、鏡は無機質に映し出していた。


 …………


 ……

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