伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

二十六話 消滅

公開日時: 2020年11月5日(木) 21:00
文字数:1,513

 リクの記憶を拒絶した瞬間、世界は忽ちその形を崩壊させた。

 気付けば周囲には床も壁も無くなり、赤と黒の織り交ぜられた遠景だけがどこまでも広がっている。

 そんな空間の中に、たった二人だけが存在していた。

 オレとリクの二人だけが、何もかもから取り残されたように、立ち尽くしていた。


「……ははは……はは……」


 嗤い声。

 虚しく響くその声は、リクのもの。

 オレと向かい合うように立つ彼は、片手で目元を押さえながら、暫くの間嗤っていた。

 それは、オレに対するものではなく。

 きっと、自分に対するものだったのだろう。


「……そうだよ。僕はただ、君が羨ましかったんだ。君は僕の理想とするような人間そのものだったんだよ」


 羨望はいつしか嫉妬となる。

 自分が手にしたいものを、手に入れられないと思ってしまったときに。

 オレにとって親友だったリクは。

 リクにとって、仇敵となってしまっていた。


「君は、僕の憧れだった。僕の望む全てを持っていたんだよ……ユウサク」

「リク……」


 オレは、独白のように自らの思いを吐き出し続ける彼に、近付きたいと歩き出す。

 けれど、進んでも進んでも、リクとの距離は一行に縮まらなかった。

 こんなに近いのに、今のあいつは遠すぎた。


「はは……幸せだったよ。君の人生は、こんなに幸せなんだなって思った。そして……僕はその幸せを君から奪って、今日まで過ごしてきたのさ。僕は結局、そんな男だった」

「お前……」


 はたと気付く。

 リクの姿が、少しずつ欠け始めていることに。

 透明になっているわけではない。成仏しようとしているわけではないのだ。

 あいつは……消滅し始めている……。


「……僕は、許されちゃいけない。許されることなく、消えていかなくちゃいけない」


 足下から徐々に、まるで風化した骨が風に攫われるようにして、塵になっていく。

 根拠など無かったけど、オレには分かった。

 リクの姿が完全に無くなるとき。それは、リクという存在が永遠に無くなるということなんだと。


「分かってる。これが当然の報いというやつなんだ。だから僕は、これ以上惨めな自分を、君には見せないでおきたい……」


 リクは、目元を覆ったままゆっくりと背中を向け、空を仰いだ。

 あいつは今、どんな顔をしているのだろう。


「ねえ、ユウサク」

「……何だ」

「身勝手なお願いだと、怒るだろうけど」


 リクはそう言うと、上半身だけをこちらに振り向ける。

 そして、目元を覆っていた手をそっと除けて……笑顔を見せた。

 涙で赤らんだ、ぎこちない笑顔を。


「僕のこの、最期の笑顔だけは……忘れないでいてくれるだろうか」


 ごめんね。

 最期の言葉が、赤と黒の世界に凛と響く。

 その笑顔のままリクは、微小の粒子へと散り行き。

 オレの目の前から、永遠にその姿を消したのだった……。





「……馬鹿……野郎……」


 消滅していく世界の中で。

 残されたオレの嗚咽だけが、虚しく響く。


「そんなの自分勝手すぎるだろうがよ……どうして消えちまうんだよ……!」


 思いをぶつける相手はもうおらず。

 この怒りも嘆きも、全ては一方通行でしかない。


「どうしてお前は、オレから大切なものを、そうやって奪っていくんだよ……どうして、許させてくれねえんだよ……ッ!」


 もう二度と、玉川理久が答えることはない。

 現世でも常世でも、もう永遠にリクと言葉を交わすことは、思いを伝えることはできないのだ。


「……ユウくん」


 気付けば、ミイちゃんが傍にいた。

 背後からそっと、オレの肩に手を乗せてくれた。


「ミイちゃん……」

「……帰ろう、ユウくん」


 無理をしてるのは見え見えで。

 それでもあえて何でもないかのように、ミイちゃんは微笑みかけてくれる。


「もうこれで。……全部、全部終わったんだからさ――」


 記憶の世界はそこで、完全に形を喪った。

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