こちら側からあちら側に至る、その狭間。
白が全てを埋め尽くす空間にて。
かつて悲劇によって離別した四人が今、再会を果たしていた。
「……トオル」
名前を呼ぶと、彼の細い肩がびくりと震える。
それから、トオルはゆっくりと彼女の方へ振り返った。
「……マミ……」
凄惨な事件を含めて、これで二度目。
トオルとマミがそれぞれ別個の存在として、互いを視認出来た瞬間だった。
「……俺は……」
少しだけ言い淀んでから、トオルは頭を下げる。
「ごめん……何も、知らずに」
それに対し、マミは静かに首を振った。
「……謝るのは、私の……いや。私たちのほうよ、トオル」
気付けば、マミの両隣には。
マモルとテラスの姿もあって、トオルを優しく見つめていた。
「……さ、行こう?」
「……テラスさん……マモル……さん」
僅かに怯えを感じさせる声で、トオルは名を呼んだ。
その怯えは、あの日裏切られたショックゆえのこともあったが……『何も言わない優しさ』を理解出来なかったことの申し訳なさからくる怯えの方が大きかった。
だが、マモルとテラスは十分に承知していた。
そんなのは仕方ないことなのだと、分かっていた。
だから、マモルは告げる。
結局最後まで明かすことの出来なかった思いを、吐き出す。
「……トオルくん。あの日俺たちは、君に何も告げることなく、全てをやり遂げようとしていた。それが君を一番苦しめずに済むだろうと……そう、勝手に考えてね。だが……そこから全てが狂い始めたのだと思う。小さな偽りが、どんどん大きく膨れ上がって。そしてあの悲劇が起きて……君は」
純粋な思い。
幸せな未来を考えるあまりに。
いつしかマモルからもマミからも、その思いは薄れてしまったのだ。
だから……儀式は悲劇になった。
「すまない、トオルくん。あの日の過ちを……謝らせてくれ……」
マモルの謝罪。
それはトオルにとって、有り得ないと思っていた筈のこと。
でも、今ならちゃんと理解出来た。
愛する者を思うマモルの優しさを、心の底から。
「……君に、信じてって言ったのは僕の方なのにね」
マモルが頭を上げると、次はテラスが語り掛けてくる。
「そんな僕たちは、君の心を信じきれていなかったんだ。君が暴走したのも、僕らの迷いのせい……僕らの弱さのせいなんだよ……」
テラスもまた、告げることの出来なかった後悔を吐露する。
そして、頭を下げた。
あの日の行為は、決して裏切りなどではなく。
トオルを一人の存在として生まれ変わらせようとしたゆえの、儀式で。
「……まあ、全て今更ではあるけど」
マミは苦笑しながら言う。
「あの日正直に、トオルを真実と向き合わせる覚悟があったなら。こんな未来は……なかったんじゃないかって思う。ひょっとしたら……あなたと今も、笑えていたかもね?」
ここではなく、あの町の中で、二人。
いや、四人。
笑えていた未来が、有り得たのだろうか。
「……こんなに、優しかったんだな。……皆」
――そうだったんだ。
本当に今更。
ドールは、全ての真実に至る。
「……こんな未来ではあるけど。それでも……皆にまた会えた。一緒に笑うことだって、出来るじゃないか」
ここでもいい。
ドールは、心からそう思う。
自分たちは、こんなに遅くにはなってしまったけれど。
こうしてちゃんと……分かり合うことが出来たのだから。
「……良かった。……こうして終わることが出来て……本当に……」
がっくりと膝すらついて。
トオルはこの瞬間の幸せに辿り着けたことを、感謝した。
「……あの子たちに、感謝しないとね」
「ええ。それに、謝り続けないと」
テラスの言葉に、マミが頷く。
「いくら謝罪しても、いくら感謝しても。きっと足りないわ、あの子たちには……」
降霊術を巡る悲劇の駒にされ。
大切な者と引き裂かれる悲しみを幾度も経験した、子どもたち。
それでも最後まで、トオルたちのことを諦めないでくれた彼らは……四人にとっての救世主たちだった。
「あまりにも、酷いことをした。それなのに、彼らは」
「……しっかり守ってくれたんだ、約束を」
暴走を鎮められて、ミツヤとハルナと話したとき。
どうかトオルを救ってくれと、マモルとテラスは託した。
その約束を、彼らはしっかりと果たしてくれたのだ。
「強い子たちだよ。あの日の僕らとは違ってさ」
「……ね」
あの日、自分たちにももう少しの勇気があれば。
思いやりがあれば。
最初から、悲劇は生まれなかったのだろうか。
考えることにもう、意味はないのかもしれないけれど。
「……そろそろ、行きましょうか」
「……そうだな」
これからは、どうか。
「あっちで一緒に、仲良くいようね――」
そして四人は、あちら側の世界へと、並んで歩いていくのだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!