伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

二十二話 山口貴樹①

公開日時: 2020年10月1日(木) 08:02
文字数:1,750

「うわッ!?」


 突然、ソウシが叫び声を上げた。

 慌てて彼の方を向くと、その視線の先にはさっきまで存在しなかったはずの影があった。

 霊……タカキの悪霊。

 もう面影なんてほとんど残ってはいない、ボロボロに崩れた姿を晒していたが、それでも彼であることだけは何とか分かった。

 赤と黒、斑模様の腕を伸ばして、俺たちをそちら側の世界へと連れ込もうとしている――。


「避けろ、ミツヤ!」


 ソウシが左へ転がり、俺もまた逆方向に飛び退いた。タカキの霊は気味の悪い声か音かを発しながら、意外にも素早い動きで襲い掛かってくる。


「ソウシ、こいつの速さじゃ多分振り切れねえ! このまま遺体のとこまで走って浄化しよう!」

「ああ、そうするしかねえな!」


 俺とソウシは急いで203号室を出た。扉を閉めたがどうせ気休めだ。案の定、タカキの霊はスルリと扉をすり抜けてきた。

 階段を一段飛ばしで駆け下り、ホールを突っ切って102号室へ。勢いよく扉を開いて、俺たちが運んだタカキの遺体を探す。

 ……しかし。


「なんだ、いねえぞ!?」


 部屋に安置されていたはずのタカキの遺体。

 それが今、跡形もなく無くなっていた。


「まさか、霊が肉体を動かしてる……?」

「そんなのアリかよ!」


 だが、それくらいしか考えられない。

 タカキはつい数時間前に殺されたばかりだ。悪霊として不完全な状態だとしたら……。


「地下室……!」


 思い浮かんだ場所はそこだった。


「あいつがもし自分の死体を何とか清めようとしたなら、地下へ移動させるはずだ!」

「それが上手くいかなかったか、途中で暴走したか……ってな感じか!」


 それが正しいかどうかはさておき、とにかくここに死体がない以上、立ち止まってはいられない。俺たちはすぐに踵を返して部屋を出る。

 リスクはそれなりにあるが、地下室に死体があると仮定して、地下への階段を駆け下りていく。どれだけ急いで走っても、背後に纏わりつく悪寒は消えなかった。


「どっちに行く!?」


 実験室と牢。選択肢は二つだが、清めの水があるのは牢の方だ。俺は迷わず直進し、ソウシもそれに続いてくれた。


「いた!」


 牢の前、清めの水がある部屋のすぐ目前に、タカキの遺体は倒れ伏していた。ここまで来たというのに、あと少しのところであいつはあいつを失ってしまったということか。

 ……なら、俺たちが今。お前を解放してやる。

 その苦しみから、すぐに解放してやるから。

 水筒を取り出し、清めの水を遺体に振り撒く。

 全てを撒き終えるのと同時に、タカキは襲い掛かってきて――その手が俺たちに辿り着くよりも前に、彼の体は眩い光に包まれた。

 何とか……間に合ったようだ。



「……う……」


 光が消え、俺たちの良く知る姿に戻ったタカキ。

 彼はゆっくりと顔を上げ、こちらに目を向けた。


「……ソウシ、それにミツヤも……」

「……よう。何か、久しぶりな気がしてきちまうぜ」

「そこにいるのは……僕?」


 しばらくの間、タカキはキョトンとしていたが、やがて状況を理解したようで、


「そうか、僕は……」


 諦めたような、吹っ切れたような微笑を浮かべて、緩々と首を振るのだった。


「……無事に戻ったみたいだな」

「二人が、助けてくれたんだね。あの気持ち悪い暗闇の底から……」

「まあ、そういうことになる」

「……すまない、ありがとう。何だか自分が化け物になったような、嫌な感覚だった。あんなことがあって……」


 実際に化け物のようになっていたのだとソウシは言いたげだった。だから、俺はそっと肩を叩く。


「……ソウシ」

「……分かってるよ。悪霊だったからだってことくらい。大丈夫……大丈夫だ」


 タカキがユリカちゃんを殺してしまったのだとしても。

 それはきっと、彼の意思とは無関係のことなのだ。

 ……少なくとも、そう受け入れるしかない。

 心の中でどれほどの葛藤があったのかは推し量るしかないが、ソウシは踏ん切りをつけたように真っ直ぐタカキを見据え、そして口を開いた。


「……なあ、タカキ。お前を殺したのは一体誰なんだ? 霧夏邸に蔓延る悪霊なのか、それとも俺たちの中の誰かなのか……教えてくれ」


 ソウシの言葉を受け、タカキもまた少しの間逡巡していた。それだけでも、真実が俺たちにとって辛いものだということは察せられる。

 彼は遠くを見つめるように俺たちから目を逸らし、話し始める。

 それは、自らの隠してきた過去。

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