伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

二十話 犯人

公開日時: 2020年11月2日(月) 21:25
文字数:2,907

「……だから、そうだね。わたしって、実はそんなに七不思議のことなんか信じてなかったのかも」

「はは、なんだよそりゃ」


 相も変わらず明かり一つない教室内で。

 オレたちは二十年という時間を埋めるように、ずっと言葉を交わしていた。

 互いに多くのことが変わってしまって、もう取り戻すことなんて出来ないけれど。

 少なくとも、あの頃を思い出しながら、話すことくらいは出来たから。


「わたしが楽しみだったのは。……そんなのただの噂話だろって笑い飛ばしてくれるユウくんを見ることだったんだと思う。なんていうか、カッコいいなあーって思ってたんだもん」

「よ、よしてくれ。あんなんでカッコいいとか思われてたなら恥ずかしすぎる。……というか、お前はホントに面倒臭い奴だったんだなあ」

「もう、ユウくんったら! ……何年ぶりかな、その言葉聞いたの」


 そうやって頬を膨らませたミイちゃんは、けれどもすぐに表情を緩ませる。

 えへへ、と笑う彼女は、あの頃とそっくりだった。


「……はあ、娘の前で恥ずかしいったらありゃしないぜ」

「……ううん、全然構わないよ? だって……今が一番、夫婦だなって思うもん。そりゃあ、今までは違ってたから……だけどさ」

「……うん」


 新垣勇作と、古沢美代。

 確かに表面上はずっと変わらない付き合いだった筈なのに。

 オレの中身は別人にすり替わり、それを知る術もない彼女は、ただただ信じて傍にいるしかなかった。

 それは、あまりにも救いのない日々だった……。


「……ごめんね、ユウくん」

「馬鹿、何でお前が謝るんだよ。悪いのは……分かりきってるじゃねえか」


 玉川理久。

 オレの親友、だった筈の男。


「……リクくんだって、優しかったはずなのにね」

「それでも……悪魔の囁きに、乗せられてしまったんだな」


 人は、普通に生きていれば叶わない筈の願いを前にしたとき、平静ではいられなくなる。

 それでもそこで、踏み止まる者もいるだろうが……リクにはとても、出来なかったわけだ。

 どうしても、ミイちゃんが欲しかったわけだ。


「……ね、ユウくん」

「うん?」

「もし……リクくんが私に告白していても。それは叶わない願いだったって思う?」


 ミイちゃんが、試すようにオレへ訊ねてくる。

 だからオレは、当たり前だろと笑いながら、こう返した。


「オレとミイちゃんなんだからさ」

「……へへ、良かった。そう思っててくれて、本当に」


 声を詰まらせながら、ミイちゃんはまたオレの胸に埋まる。


「馬鹿、泣くなって。……ったく」


 ミイナちゃんが微笑ましい顔でこちらを見つめているのが、とても恥ずかしくってならないのだ。


「……そうだ。色々言いたいことはあるけれど、今はこの空間からミイナを出してやりたい」

「あ……うん、そうだよね」

「この空間は……ミイちゃんと、多分エイコって子が降霊術を行って作り出したんじゃないのかな。だとしたら、二人を浄化出来たわけだしこの空間も元に戻りそうなものだけど」

「……それは、ごめんだけどわたしにも分からない」


 ミイちゃんは緩々と首を振る。

 しかし、オレが今口にしたような楽観的な考えは持っていないようだった。


「でも、もしここが誰かの強い未練で閉ざされてるとしたらさ……あの人だって、その一員なんじゃないかな」

「……はあ。メイさんにも言われたけど、やっぱりなのか」


 降霊術の暴走には、複数回の儀式が条件となる。

 けれど、今回はたまたま術者二人が死亡しただけであって……その二人の悪霊を浄化したからといって、空間が解放される可能性は極めて低いのだ。

 霊の空間は、強い未練を持った悪霊を浄化しなければ、解放されない。

 だとしたら、最後に待ち受けるのがあいつであることは、殆ど確実だった。


「……来やがったな」


 地の底から響き渡るような、呻き声が聞こえた。





 エイコは数日前の放課後、ユウキを呼び出した。

 自らの胸の内に秘めた思いを伝えるために。

 そして、彼の名前のように勇気を振り絞って伝えた言葉は。

 けれども僅かな逡巡の後、否定されることになったのだ。


「……ごめん」

「……え」


 実のところエイコは、ユウキが自分を拒絶することはないと考えていた。

 何故なら、二人の交友はすこぶる順調だったからである。

 クラスが違うという不満くらいはあったものの、そんなことすら物ともせず。

 周囲からは既に付き合っているのではないかと思われるほどに、彼女らは良好な関係を築いていたのだ。


「何でって思うのは、当然だよ」


 エイコから目を背けながら、ユウキは呟く。


「うん……俺もね。エイコちゃんのこと、その……好き、だから」

「ユウキ、くん……」


 やっぱり自分の思いは間違いじゃなかった。

 そう思うのと同時に、ならばどうして告白を受け入れないのかと、エイコはもどかしくなる。


「……でもね。俺、怖いんだ」

「怖い……?」

「そう」


 ユウキは、目元を片手で覆いながら、力なく笑った。

 その手が心なしか震えているように、エイコには見えた。


「人を好きになるって……愛し合うってどういうことなんだろうってさ……」





「……そのときまだ私は、それがどういう意味なのかを分かっていなかった。結局ユウキくんは私を拒絶しただけなんだって、そう思ってしまった。ユウキくんの家族が……どんなものだったのかなんて、知らずに」

「……そうか、ユウキくんは」


 新垣勇気が抱えていた、家族の問題。

 玉川理久という一人の男によって崩壊した、愛のカタチ。

 ユウキが恋愛というものを忌避することも、無理はない。

 たとえどれだけ好意を持った相手でも……近づき過ぎたら不幸になるかもしれないと、ユウキは考えていたのだ。


「そして今日、ユウキくんの父親がここへやって来て……私は、ユウキくんが首を絞められて殺されているのを、見てしまった。それだけじゃない。ユウキくんのお母さんも……殺されかけていた」


 やはり殺人の犯人はリクだったのだと、ミオは納得する。

 まあ、それは分かり切ったことではあったが。


「ユウキくんの思いを少しでも知ることができたのに、そのときもう、ユウキくんは生きてはいなくて。私は……私はどうしても、一言謝りたかったのに……」

「……それで、その後きみは……?」


 エイコには悪いが、ここからが重要な筈と、ミオは頭の中に事件の構図を描きながら問う。


「……誰かに知らせなきゃと思ったとき。ミイナちゃんの姿が見えて……私は彼女に、あなたのお父さんが暴れてるから逃げてって、警察に連絡してって言って。彼女が蒼白な顔で立ち去った後、後ろから走ってくるあの人が見えました。多分、二人のお母さんが最後の抵抗をしたのか……あの人は、お腹から血を流しながらもこちらへ向かってきたんですが、三年一組まで私が逃げると、あの人はそこで力尽きてしまったんです」

「力尽きた……」

「……はい」


 つまり、エイコはリクに追われていたものの、逃げ遂せたのだ。

 三年一組で事件の犯人であるリクは、死亡した……。


「だから私は――あの人で降霊術を


 ――降霊術。

 その言葉が、ミオの脳裏にある結論を閃かせた。


「き、きみ……まさか」

「だって、最後にどうしても一度謝りたくて……!」


 エイコはじわりと涙を浮かべる。

 だが、ミオにはそれを気にするより先に、考えるべきことがあった――。

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