玄関ホールは、両端に二階へ上がる階段があり、中央を真っ直ぐ進むと両開きの大扉が佇んでいた。ソウシがぐいと押し開くと、その先にはこちらも豪奢に設えられた食堂があるのだった。
「でっかいディナーテーブルねえ」
サツキがしみじみ呟くと、
「それが埃を被ってないのが不気味なんだけど……」
タカキがそう混ぜっかえすので、また微笑ましい口喧嘩になる。
「はいはい、皆ちょっとここで待っててね。この館の空き部屋確認してくるから」
ひとまずテーブルの下に荷物を置くと、ハルナはそそくさと食堂を出て行ってしまった。
残された俺たちは、どことなく気まずげに顔を見合わせる。
「……しかし、電気も通ってるなんて、本当に誰か住んでる気もしてくるな」
「そうですね。幽霊より、管理してる人に怒られて怖い思いをしそうです」
電気が通っているのは俺も疑問に思っている。まあ、自動引落の口座にたっぷりお金が入ったままで、死亡後の処理もほったらかされているからなのかもしれないが。
……電気が来ているなら、水道やガスもきているのだろうか。
「どうも最近、ハルナちゃんはオカルトとなると飛びついてるみたいだからねえ。この館の現状、分かってるのかどうか」
マヤは知った風にそう言って首を振る。
「誰かがいたら、僕は咎められないうちに帰らせてもらうからね」
「何言ってんのよタカキ。私たちはもう共犯なんだから」
「……はあ」
こちらは相も変わらずだな。
話が小休止したところで、ふらりと立ち上がって食堂のインテリアを眺め始めたマヤが何か目を止める。
「……ん? 何だろ、これ」
ソウシが座ったまま振り返り、マヤの指差すものを見て、
「……麻雀牌、だな。どう見ても」
そう、マヤが見つめる小テーブルの上には麻雀牌――それも字牌だけが七つ並んでいたのである。煌びやかな食堂の装飾にはそぐわないアイテムだ。マヤが気になったのも尤もだろう。
「どうしてそんなところにあるんでしょう?」
「さてな。でも、牌があるってことはこの館の中に一式揃ってるかもしれない。俺もタカキもマヤもルールは分かるし、見つけられれば男四人で麻雀ができるな。ミツヤ、勉強の成果を試せるぜ」
「はは、まあ一式見つかればだけどな」
ソウシが嬉しそうにしていたので、俺はそんな返事で軽く受け流しておくことにした。万が一徹夜で麻雀することになったらやってられない。
「それにしても変な並び。誰が置いたにしても、あんまり麻雀のこと分かってなさそうだね」
マヤはそうコメントする。小テーブルに乗った麻雀牌は左から順に東・白・中・南・西・発・北であり、彼の言うように通常の順番通りにはまるでなっていなかった。
皆が困惑しているところに、ちょうど部屋の下見に向かっていたハルナが帰ってくる。バタンと扉が開くとすぐ、
「お待たせ! ちょうど部屋が七つ空いてたわ。ラッキーね、私たち。ええと、右側から101、102みたいになってて、一階は三部屋、二階は四部屋あったわ」
自らの成果を嬉々として告げた。
「101って、ホテルの部屋みたいだね」
「まあ、私もマヤくんと同じこと思ったけど。実際プレートに書いてるんだもの」
ただ、そのプレートは昔からあったものではなく、最近取り付けられた感じがするとのことらしい。汚れ具合で分かったのかもしれない。
「さてさて、部屋割りを決めたいけどどうしようか。じゃんけんでもする?」
ハルナがそう切り出したので、良い案があった俺は指をパチンと鳴らして、
「あー、それよりも一発で決まる良い方法があるぜ。サツキ、カード持ってただろ?」
「ん? タロットカードのことかしら」
「それそれ。そのカードを引いてさ、数字の大きさで決めようぜ。大きい奴から順に101、102……ってな」
「ま、あいこで長引くよりいいんじゃない」
俺の案にタカキが賛同してくれ、残りのメンバーもその流れで了承してくれる。
「ちぇっ、仕切られちゃった。まあ了解、ちゃっちゃとやっちゃおう」
少々不満げなハルナだったが、進行役を務めたいという意識の方が強いのだろう、文句は言わなかった。
タロットカードは俺がサツキから受け取り、シャッフルして全員に一枚ずつ渡した。皆、受け取るとカードを表向きにして、自分のナンバーを確認する。
「……僕は隠者のカード。九だね」
「タカキは九ね。私は……戦車だって。タロット的には勝利とか復讐とかよね。数字は七よ」
「逆位置だと暴走なんじゃなかったっけ、それ」
「うるさいわね」
「はいはい、痴話喧嘩はそこまで。……俺は恋人のカードだ、六だな」
「僕は皇帝。いいカードに思えるんだけどね、数字としては四だよ」
「私は女司祭です。数字は二ですね」
「……私、魔術師ね。一だわ、うん」
一人ずつ、カードの数字を発表していく。全員数字は一桁台のようだ。
「よし、じゃあ二十の俺が数字としては一番でかいワケだな」
最後に俺がそう告げると、ハルナは目を丸くして、
「二十? あんた、ズルしてないでしょうね」
「してないって。どの部屋だって大差ないだろ、イカサマする意味がないさ」
「……うーん、まあいいわ」
まとめると、俺が審判で二十、タカキが隠者で九、サツキが戦車で七、ソウシが恋人で六、マヤが皇帝で四、ユリカちゃんが女司祭で二、ハルナが魔術師で一、という風になった。これを元に、ハルナが予め用意していた紙に部屋割りを書き出していく。
「よし。この紙に部屋割りは書いといたから、分かんなくなったらこれ見てね」
「まあ、誰かの部屋へ遊びに行くときは助かるかもな」
「そうですね」
ソウシとユリカちゃんはいいコメントをしたのだが、
「やましい気持ちでくるようなヤツが現れないのを祈るばかりね」
サツキは女子らしいというか、男どもへの牽制ともとれるようなことを言っていた。
「さてさて、それじゃいよいよ探索を開始しましょ。夕食は六時半、それまでこの邸内をくまなく散策よ!」
いよいよやりたいことに取りかかれるということで、ハルナは全員の顔を見回してから、元気よくそう宣言した。ハルナ以外のメンバーが微妙な表情を浮かべる中、タカキが放った溜め息がやけに大きく聞こえたのだった。
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