サツキの部屋である103号室を出た俺たちは、どういうルートで邸内を調べて回るかを話し合っていた。
ここでも有益な情報は、やはりソウシからもたらされる。
「食堂の壁にさ、霧夏邸の平面図があったような気がするんだが。それを見て決めるとしようぜ」
「了解。こんな状況だし、見るだけじゃなく持ってっても構わないだろう」
「ああ、アリだな」
邸内は広く、かなりの部屋数がある。ただ闇雲に調べまわるよりも、マップがある方が断然楽なはずだ。俺たちは早速、平面図を回収するため食堂に向かった。
玄関ホールには、転がった剣と絨毯を汚す血痕。それをなるべく視界に入れないようにして歩いていく。隣を見ると、ソウシもまた同じように目を逸らしつつ歩いていた。
開かれたままの扉から食堂へ入り、俺たちは壁に貼られていた平面図を引き剥がす。図面は一階と二階で二枚あり、各部屋の用途まできっちり書かれているので助かった。
「この図面によると……一階の北側に使用人室があるみたいだな」
「お、そこなら邸内の鍵が揃ってるに違いねえ」
ソウシはそこしかない、とばかりに断言する。二人の意見が一致した以上、そこを目指すしかないな。
平面図は俺が持つことにして、小さく折り畳みズボンのポケットにしまう。そして、用の無くなった食堂を出ようとしたとき、ソウシが俺を呼び止めた。
「ちょっと待ってくれ、ミツヤ」
「……どうした?」
「いや、何か違和感がよ……」
髪をわしわしと掻き乱しながら、ソウシは呟く。それからしばらく食堂内を見回していたのだが、
「……そうか」
ある一点に目を向けたとき、彼は呆けたような表情になって、ポツリとそう零した。
「ミツヤ、あれ」
「あれ……麻雀牌か?」
「おかしくないか」
言いながらソウシが近づいていくので、俺も彼の後に続く。
麻雀牌の置かれたテーブル。今もまだ、七つの牌が上に乗っている――。
「……ほら。一枚だけ、おかしいだろ」
「……本当だ」
ソウシが指摘したそのおかしさ。
一目見れば、それは明白だった。
七つある牌のうち一つ……『発』の牌だけが倒れ、更にはヒビ割れていたのである。
「倒れるだけならまだしも、ヒビなんて入るか……?」
「まさか、これも霊の仕業? だとしてもどうしてまた……」
「それは分からねえが。……なんか引っ掛かるな、畜生」
ソウシは苛立ちを発散させるように、また髪を掻き乱す。その仕草もさながら名探偵のようだが、本人はもちろん自覚してやっているわけではないだろう。
いずれにせよ、こんなのは考えたところで答えを出すのがほとんど不可能なことのはずだ。
「はあ。立ち止まってても仕方ねえし、さっさと使用人室へ行くか」
ソウシも時間の無駄だと判断したようで、俺たちは今度こそ食堂を出て、使用人室へと向かう。
ホールを抜け、西廊下を進む。途中、103号室からは談笑の声が聞こえてきて、それが俺たちを少しばかり安心させた。声に励まされるようにして一階の北側に来た俺たちは、平面図に従って使用人室の扉を開く。
「……ここだな。なるほど、使用人室って感じだ」
室内に入ったソウシがまず口にしたのはそんなコメントだった。部屋面積は小さめで、休憩用のテーブルと椅子が置かれ、壁際には流し台とコンロもある。細長い棚の中には、古ぼけた辞書が何巻も並んでいた。
部屋の奥、テーブル近くの壁面に、目当てのものはあった。キーボックスだ。ボックスにも鍵が掛かっているようだが、表面がガラス張りになっているので、割ってしまえば関係なく中の鍵を取ることは可能だった。
「よし、若干抵抗はあるけど非常事態なんだ。割らせてもらおう」
ソウシはそう言うと、手近にあった本の背を勢いよくガラスにぶつける。ガシャン、と耳障りな音がして、キーボックスのガラスは見事に割れてくれた。
「ふう……この中に、あったあった」
地下室、とプレートの付いた場所に掛かっている鍵を取り出して、ソウシはニヤリと笑った。ここまでは順調だ、後は地下室に清めの水が存在するかどうかだろう。
湯越郁斗が本当に水を作り、地下へ保管したのか。その水に悪霊を鎮める力があるのか。それはまだ分からない。
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