「ドールがこの偶然というか、背景を利用しようと思っていることは、僕らにとって幸いしたということだね」
「でも、町全体を降霊術の場にして、どうするつもりなんですか? 犬飼さんのこととは関係ないような気も……」
「いや、それが大有りなんだ」
ミイナの問いに、マスミは緩々と首を振ってから答えた。
「何故なら、ドールは伍横町にいる全ての人間から魂を吸収し、犬飼真美を永遠の存在にしようとしているのだろうからね」
「え……?」
彼女の驚愕も当然のことだ。
ドールの計画が成功してしまえば、この町に住む人間全てが死に絶えてしまうというのだから。
そう、初めにマスミが口にした通り。
まさにこの町は終わってしまうのだ。
「三神院や流刻園の事件で、魂の力を吸収することができるというのが分かった。なら、その魂の量が多ければ多いほど……吸収する側の魂は、強靭になるということ。つまりドールは、この町全ての人の魂を、犬飼さん……それに多分、自分のためにも使おうとしている。自分たちのために、この町を滅ぼすつもりなんだよ」
二人が永遠に生き続けるために。
引き裂かれた者の苦しみは、みな理解は出来たが……それでもドールは狂っていると、思わざるを得なかった。
これまでに事件の加害者となった者たちのように。
ドールもまた、狂気に取り憑かれてしまっているのだ。
「……でも。町の人全員の魂を奪うことなんか、できるわけがないでしょう? 降霊術を展開したからと言って、町の人たちがみんな、生身のまま霊の空間に入ってしまうだけじゃ……」
「……それが、出来ちゃうのよ」
無慈悲な解答を告げたのは、ハルナだった。
困惑するミイナに、彼女は続けて言う。
「ミツヤが、その方法を発見しちゃったからね」
「……まさかと思ったけどな」
ミツヤは重い溜息を吐いて、自らが発見したその情報を明らかにした。
「情報収集がてら、霧夏邸の跡地へ忍び込んでみたんだ。今はもう解体されて、更地になってるんだけどさ。地下室への入口は少し土を被せただけで、まだ入ることが出来て……俺はあの恐ろしい地下実験室に辿り着くことが出来た。
そこはかつて、軍部が研究を行っていた場所らしくてさ、物がすっかり無くなっているのは国の介入があったからなのかと思ってたんだが……『霧夏』が無くなっていた理由に、ドールの計画が浮かんできてしまったんだよ」
「き、霧夏って……一体?」
恐る恐るミイナが訊ねると、それにはアキノが答えを告げた。
この上なく、恐ろしい答えを。
「……何でも、昔研究されていた毒物らしいです。散布するだけで人が死ぬ……細菌兵器だとか」
「え!? じゃあ、まさか!」
「……ああ、そうなんだ」
想像通りだと頷いて、マスミは宣言する。
「ドールは六月九日、霧夏を散布し、町の人間を全滅させた上で降霊術を行い……その魂魄エネルギーを全て自身と犬飼真美に使うつもりなんだ」
「……そん、な……」
幾つもの悲劇を重ねた上。
最後に待つのは、全滅の未来。
ただ一人の執念のため。
この伍横町は、滅ぼされようとしている。
「だから、僕たちは何が何でもそれを止めないといけない。この町を壊す、最大の悲劇を食い止めないといけないんだ」
「……方法は、あるんですか? そんな、兵器に対抗するような」
絶望的な状況だと、ミイナは泣きそうになっていた。
あまりにも不利だ。あちら側には、武器となるものが多すぎる。
それでもマスミは、彼女の不安を取り払うように、肯定した。
一つだけ、方法はあるのだと。
「……これまで僕らは、降霊術に翻弄され続けてきた。ドールの思惑通り、降霊術を暴走させ、悲劇を生んできた。……なら、今こそそれを逆転させるときだろう」
「逆転……?」
逆転。
それが意味するものは。
「つまり、こういうことだ」
最後の説明は、ミツヤが請け合った。
「……奴が霧夏を撒くより先に、俺たちの手で。降霊術を暴走させて、この町を封じればいいんだよ……!」
それこそが彼らの導き出した、ドールの計画への対抗手段なのだった。
*
二〇一四年六月八日、二十三時五十七分。
伍横町南部――。
「……心の準備は、オッケーかい」
夜の帳が下り、町はもう眠りについている。
高い建物の少ないこの町は、日付が変わる頃には殆どの家の明かりが消えていた。
僅かな街灯だけが、町の姿を露にするもので。
その街灯の下に、六人は円陣を作っていた。
「ええ。……大丈夫です」
新参のミイナが覚悟を決めたように言うのを聞き、マスミは頷く。そして、
「うん、安心したよ。……じゃあ、最後にもう一度だけ、確認だ」
彼は全員の顔を見回してから、改めての説明を始めた。
「これから、日付が変わるその瞬間に、ここで波出守と風見照の霊魂を呼び戻し、降霊術を暴走させる。ここは、ドールが考える特異点の、最後のポイント……犬飼家の前だから、もし彼の考えが正しいものだとすれば、暴走の規模は本当に、町を飲み込むほどのものになるだろう」
五行説の話が全て本当かまでは不明だが、少なくとも伍横町は確かに強い気の流れが通る場所だと伝えられているし、これまでに何度も降霊術が行われてきたことで、力が増幅しているということも考えられる。
ドールが出来ると踏んでいるなら、術式が成功する可能性は高いと見てもいいだろう。
「僕らが意識して発動する分には、町の人たちが巻き込まれる心配は薄いと思う。万が一のことがあったら、守ってあげないといけないけど。それから、町にいる霊は否応なしに現れてしまうはずだ。……みんな、気をつけるんだよ」
「ああ、勿論だぜ!」
「しっかりやります!」
まるでスポーツの試合前のように、マスミの激励に残るメンバーが大声で答えた。
「わ、私も頑張ります……!」
遅れて、控え目な声でそう言ったアキノにも、マスミは優しく微笑みかけ、
「うん、アキノちゃんも、自分の役割をしっかりね」
その言葉に、アキノは頬を赤らめて頷いた。
「……さあ、もうそろそろだ。ミオ、そっちはよろしく頼んだよ!」
「了解!」
この円陣は、一つの魔法円。
魂を呼び戻すための、地上の導。
腕時計の針が、天井で重なる。
六月八日が終わり、いよいよ六月九日が訪れる。
「……黄泉の亡者たちよ、聞き給え」
両極に立つマスミとミオが、術式の言霊を紡ぐ。
これまでの事件でも、唱えられてきた言霊を。
呼び戻す魂は、決まっている。
何れにせよ、この町は遍く霊の空間となるのだが。
二人が、円の中心に手をかざす。
仕組まれた霊脈が呼応するように、暗闇に光が生じ始めた。
「どうか波出守の御霊を」
「どうか風見照の御霊を」
「――呼び戻し給え」
術式が、発動される。
かつて無いほどの光が迸り。
世界は白に塗り潰されて。
六人は六人とも、その光に掻き消されるように、意識を失った。
最後の戦いが、ここに始まろうとしていた。
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