「……さて」
古典的な探偵がよくするように、全員が――もちろん、殺されたタカキは除いてだが――揃った食堂で、ソウシはパンと手を打って説明を始めた。
「さっきのいろは歌なんだけどよ、皆も普通のいろは歌は知ってるだろ? いろはにほへと……って続くアレだけど。その歌を、通常の区切りじゃなくて、七文字ずつ区切って書きかえてみるんだ。そして、各行の一番下の文字を拾っていくとある言葉が浮かび上がるんだよ」
手近に部屋割りの紙があったので、ソウシはそれを裏返し、シャーペンでいろは歌を書き出していく。
いろはにほへと
ちりぬるをわか
よたれそつねな
らんうゐのおく
やまけふこえて
あさきゆめみし
ゑひもせす
「とかなくてしす……これに濁点を補えば、咎無くて死す、になる」
「咎って、罪のことだよね。つまり……罪が無いのに死ぬっていう意味?」
マヤが問うのに、ソウシは軽く頷き、
「七文字ずつにしたら偶然そんな言葉になったってだけかもしれないが、ちょっと怖いだろ」
「……その話をするってことは、つまり」
「ああ。湯越郁斗という男の作り上げた詩も、まさしくそれだったのさ」
ソウシは先程のいろは歌の下に、今度は湯越郁斗の詩をひらがな七文字ずつで書いていった。
わたにひねもす
れいうおつちし
のまろやをきて
こへりゆめぞく
るふゐあさほな
みけらよせんか
はぬえゑむと
いろは歌と同じように、文章の端を拾ってみる。
すると、最初の一文字と最後の一文字でそれぞれ隠されたメッセージが浮かび上がった。
「われのこるみは……とがなくてしす……」
そのメッセージを、ユリカちゃんが読み上げてくれた。
我の子留美は、咎無くて死す――。
「我の子留美、つまり娘さんのことなのね」
「そういうこった、ハルナ。要するにこれは、遊び心で作られた詩なんかじゃなく、娘を亡くした湯越郁斗の狂気が込められた詩だったんだよ」
「なるほど、一見単なる素人の創作に見えるいろは歌の中に、隠された呪詛があったと……。人目に触れることもないのに、これを作って壁に掛けてるくらいだもの、病的だよね」
病的、か。確かにマヤの言う通り、そんなものを作ってしまう人間はもう、正常とは言えないのかもしれない……。
「それで、重要なのはここからなんだが。この額の中、いろは歌の後ろに封筒が隠されてたんだ。何とも意味有りげだろ?」
「その封筒の中に、霊に関する何かがあるかもしれない……」
「と、信じてみるのも悪くはないはずさ」
ユリカちゃんの呟きに同意して、ソウシは封を破る。そこから出てきたのは、二枚の便箋だった。
最初の便箋には小さな文字でびっしりと、湯越郁斗による文章が綴られているようで、流石に全員が読むのは無理だと思ったのか、ソウシはその文を読み上げてくれた。
文章は、このようなものだった。
『いかにも曰くありげな書物を探し、買い漁って、降霊術に関する知識を私は蓄え続けてきた。全てはあの日、突然に命を奪われた愛しい娘、留美のためだ。その肉体が朽ち果てるまでに、私は何としてでも留美の魂を呼び戻さなくてはならない。例えその途中、どれほど罪深き行いをし、この手を血に染めようとも、私は躊躇うことなく人の越えてはならないその線の向こうへと、踏み込んでいくだろう。
……ただ。望まぬ結果を産み出してしまったそのときのために、十分な準備をしておかなくてはならない。人知を超えた領域に足を踏み入れるのだから、どんなことが起こりうるのか、私にも分かりはしないのだ。もし仮に、霊魂が暴走したとしたら、そのとき暴れだした霊を鎮められるように、あの清めの水を用意しておく必要がある。そうして全ての準備を整えてから、私は踏み込もう。霊たちの世界へと』
「……だ、そうだ」
最後の句点まで一気に読み切って、ソウシは小さく溜息を吐く。全員が黙りこくる中、最初に感想を述べたのはサツキだった。
「湯越郁斗って人は、自分の娘をそれほどまでに愛していたのね。私は……とってもいい人だったんだと思う」
「……サツキちゃん」
ユリカちゃんが見つめるのに、彼女は寂しげに微笑し、
「もちろん、だからと言って何をしても許されるなんてのは有り得ないけど。愛に溢れていたからこそ、溺れていってしまったのかしらね……」
愛ゆえに。
それはきっと、愛を知ってしまった者ならば誰でも陥る可能性のある、悲しき末路だ。
「……二枚目の便箋に、清めの水を保管してある場所がバッチリ図示されてる。どうやら地下の一室らしいな、そこに清めの水があるんだとさ」
図が描かれた二枚目の便箋は、テーブルの上に置いてくれた。……定規で線を引いただけの簡単な図面だが、どうやら一階の南東にある階段から地下へ向かい、奥へ進んでいけば目的地にたどり着けるようだ。
「地下室、か。僕、探索してたときにちらっと見に行ったけど、下りたところですぐ鍵の掛かった扉があったな」
「俺もそれは確認したよ。まあ、邸内に鍵はあるだろう。今はこの清めの水だけが希望だし、面倒でも地下室に辿り着いて取ってこなくちゃならねえ。そうだな……ミツヤ、一緒に来てくれねえか?」
「ん? ああ、構わないぜ」
俺だけが指名されるとは思っていなかったが、他ならぬソウシの頼みだし、すぐに了承する。
他のメンバーについてはどうするのかというと、そこはちゃんと考えているらしく、
「それで、ユリカ。お前、さっき足を挫いただろ。だからしばらく休んでてくれ」
「で、でも……」
「いいんだよ。もしさっきみたいな霊が襲ってきたら逃げられないだろうし、他の三人に守ってもらわないとさ。……というわけで、マヤとハルナ、サツキは、ユリカと一緒に待機しててほしい。そうだな、サツキの部屋のベッドにでも寝転んで足を休めとけ」
さっきのような悪霊が突然出てくることが分かった以上、ユリカちゃんはハッキリ言うと足手まといになる。それならスタミナのある男二人で探索する方が安全かつ効率的だと判断したわけだ。
もちろん、ユリカちゃんを大事に思ってのことでもあり、彼女もその気持ちを汲んで引き下がる。
「……はい。ありがとう、ソウくん」
「すまんが、頼むぜ三人とも」
ユリカちゃんの保護を任された三人は、
「ま、仕方ないね。任されたよ」
「うん、ユリカちゃんもサツキちゃんも、ちゃんと護衛しますっ」
「……ん。そっちはよろしくね」
三者三様に返事をした。
「サンキュ。……そんじゃ、清めの水を汲む用に水筒を拝借して、と。探索開始だぜ、ミツヤ」
「おう、了解だ」
ソウシがスッと手を挙げたので、その手に力強くタッチする。コンビ結成の証だ。
悪霊の徘徊する邸内の探索。B級ホラーのような展開だが、ここから生きて出るために、しっかりやらねばならない。
「ユリカ、ゆっくり休めよ。気は抜かずにな」
「うん」
こうして、俺とソウシは探索に出た。
霊を鎮める清めの水を手に入れるべく。
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