ユウサク、ミヨ、ユウキ、リクの四人が何処かへ消え去った後。
残されたミオ、ミイナ、そしてエイコの三人は、隣の教室――二年二組に閉じ籠り、状況の整理をしていた。
専ら話役となるのはミオで、ミイナとエイコは聞き手だった。
ここで起きた事件の内容を全て理解出来たのは、ミオだけだったから。
「……エイコちゃんの話を基に、事件について考察してみると、その進行はこういう具合だったんだと思う」
ミオは室内をゆっくりと闊歩しながら説明を始める。
「まず、玉川理久くんがこの流刻園にやって来た。全てを壊してやろうという思いに支配されて。彼はナイフを手に、躊躇いなく校内に侵入した……」
黄昏の流刻園。この日はたまたま校内に残っていた生徒や教員が少なかったのだろうが……もっと人がいれば、事件が大事になる前に捕まえることも出来ていたのではないかとミオは思う。
或いはそう、自分がリクを発見出来ていればと。
「……そして、それからすぐにミヨさんがやって来た。彼女はリクくんの破滅的な考えに気付いてしまい、それを何とか食い止めようとしていた。だからそれを防ぐために、慌てて駆けつけたのだろうね……」
この時点で、ミヨはユウサクの体に別人の魂が宿っていることを悟っていたのだろう。
どれほど超常的なことであっても、長い時間の中で気付くことは出来たわけだ。
それこそ、ユウサクとミヨの愛が成せる業だったのかもしれない。
遅過ぎたと嘆くかもしれないが、そんなことは決してなかった。
「リクくんは、最初に遭遇したユウキくんを扼殺した。ナイフを使わなかったのは、ユウキくんが反撃して、それが跳ね飛ばされたとか……まあそういう理由があるのかもしれない。そこにミヨさんが駆けつけたけれど、時既に遅し。ユウキくんは帰らぬ人となっていた。ミヨさんは悲しみの中、精一杯の抵抗をして……ほぼ相打ちの形にはなったけれど、それでもリクくんを止めることは叶わなかった。エイコちゃんは、そのあたりを目撃してしまったわけだね。エイコちゃんはミイナちゃんを見つけて警告をしたけど、その直後、リクくんに目をつけられてしまい……三年一組に逃げ込んだところで、リクくんは力尽きた」
ユウサクがユウキの体に宿り、何の違和感も抱かず行動していたことを考えれば、ユウキの死因は外傷の殆どない扼殺であろうとミオは推理した。実際ミオも、あの体に目立った傷がなかったことは記憶している。
一方、リクの方については、エイコがリクが腹部から血を流しながら迫ってきたと証言している。恐らく今語った内容に大きな齟齬はないとミオは確信していた。
「……ここからが重要だ。エイコちゃんは、ユウキくんに謝りたい一心で降霊術を行おうとした。でもエイコちゃんは、降霊術というものをもっと軽いものだと認識していたんだね。誰かの体を一時的に借りて、死者と少しの時間だけ話せる神秘の儀式……。いや、勿論それくらいに考えるのが当然のことなんだろうけど。だからエイコちゃんは、目の前にある体を使うことにしたんだ」
そう、偶然にも条件は全て揃っていた。
降霊術の知識もあり、依り代となる死体もあり。
今ならユウキを呼び戻し……せめて謝ることが出来る。
極限状態のエイコがそんな風に思ってしまうのは、無理からぬことだった。
「ところが……彼女の心には迷いがあった。一度拒絶された自分を、果たして許してくれるのかという迷い。それが純粋な思いを歪めて――ユウキくんは」
新垣勇作の肉体に蘇った、息子のユウキは。
悪霊ではなく怪物として降臨し……そして、破壊衝動のままにエイコを斬り裂いたのだ。
無論、エイコに逃げる時間などなかった。
為す術もなく、エイコはその体を無残に裂かれ……死んでしまったのだ。
「それとほぼ同時に、奇跡的にまだ息のあったミヨさんも、降霊術を行おうとしていた。ミヨさんの場合はエイコちゃんとは違い、リクくんのせいで瀕死にさせられていたから、本当の肉体まで辿り着けそうもなく、息子の肉体にユウサクくんを呼び戻そうとしたんだね。また、意識が朦朧としていたゆえにあまり深く考えず、ただ純粋にユウサクくんに会いたいと思えたんじゃないかな……。そういうわけで、ミヨさんの方の儀式は成功した。だけど、同時に二度の儀式が行われたことで、この流刻園は霊の暴走する空間となってしまった――」
これが、流刻園でこの日に起きた事件の真相。
リクによる殺人劇の、内幕だった。
「ええ……そうなると思う。親子の魂が、違う方に戻されたことが、話をややこしくしてしまったのね」
「うん。魂を戻す先……ここで起きた一連の事件は、全てそれが『本人』ではなかったという共通点があったんだね。とんでもなくややこしい事態だったんだよ、これは」
つまりは、こういう構図だ。
ユウサクの魂は、ユウキの肉体に。
ユウキの魂は、ユウサクの肉体に。
そしてリクの魂は、肉体を無くして彷徨うことになった――。
「……ユウサクさんが、ユウくんだと勘違いしていたあのボロボロの魂は結局、玉川理久という人だったんですね」
「そう。彼は傷ついた魂を癒すため、少しでも時間を稼ごうとしていたんだよ。だから各所の扉が施錠され、その鍵が色んな場所に散らばっていたんだね……」
そしてミオたちが探索をするのに、なるべく怪しまれない形で同行し……彼は自らの魂を、少しずつ修復していったのだ。
ある種賭けのような行動ではあったが、彼はその賭けに勝った、ということだろう。
少なくとも、そこに限れば。
「警戒していた相手は、実は終始実体もなく、ビンの中に閉じ込められていた、ですか……」
「……気付かなかった僕も悪いんだ。リクくんは、度重なる儀式による延命で、その魂が既にボロボロだったと知っていたのにね……」
「仕方ないですよ……そんなこと」
「……ありがとう」
ミイナの優しい言葉に感謝しつつも、やはりミオは自分を責めるように拳を脚に打ち付ける。
もう降霊術で苦しむ人は見たくないと誓うミオにとって、今回のことは悔やむべき失態だった。
「……とにかく、事態は悪化してしまった。それでも、敵は明確になったと言える。今の僕らにできることは、逃げたリクくんを探して、その体に清めの水を振りまくことくらいかな……」
「……それで、上手くいく可能性は?」
「さあ……でも、やらないよりはいいよ」
こちら側でとれる手段は、限られている。
とにかく自分たちは、その手段を失敗しないようにやり切るだけだ。
「……他に、賭けるとすれば。それはあの二人がどこまで頑張ってくれるか、かな――」
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