スイミングスクールではいつも通り泳いだ。今年から平泳ぎを習っている。彰も同じ級なので、彼と一緒に泳ぐ。
「もっと速く泳げない? 後ろつっかえてるよ」
「無理言わないでよ。これでも一生懸命なんだ」
「はあ? 嘘言うなよ。もっと本気だしてささっと泳げるだろ!」
相変わらず彰は生意気だ。柳地の方が一歳だけ年上だが尊敬の意を全く感じない。でもそれは親しみやすくていい気もする。
隣のコースを見ると栞が泳いでいた。あれは何という泳法なのだろうか。彼には全くわからない。
「あれは、バタフライっていうの。ドルフィンキックで泳ぐの」
サウナで栞が教えてくれた。
「バタフライって、蝶のこと? でもドルフィンってイルカ?」
栞はうーむと首を傾げた。どうやらその辺は良くわかっていないようだ。
「まあ柳地がバタフライにたどり着くことはないんじゃない? 平泳ぎ下手だしさあ」
「うるさいな。ボクだってボクなりに頑張ってるんだよ!」
「でも遅いじゃん」
「だから速さが全てじゃないよ! 君は黙ってろ!」
彰とはよく言い合いになる。
「仲いいね、二人とも」
栞はにっこり笑ってそう言った。
着替えて三人で帰ろうとすると栞が、
「柳地は待って、先生が用があるって。彰は先に帰っていいよ」
(用って何だろう?)
そう思いながら建物の入り口で待つ。彰はさっさと帰ってしまった。
少し待つと、栞が荷物を全て持ってやって来た。
「何の用? 遅くなりそう? 自転車置いてこないと…」
「…ごめん、嘘。彰に先に帰って欲しかったから」
栞でも嘘、吐くんだなと柳地は思った。
(でも何で彰を先に帰したんだろう? 三人で帰る方が会話も盛り上がるのに)
「なら、もう帰れる? じゃあ行こうよ遅くなるから」
二人は歩き出した。
いつもなら会話で盛り上がるのに、何故か栞は何も話してこない。不機嫌なのかな? でも機嫌を損ねるようなことをした記憶はない。
「…あの怪談ドラマ、終わっちゃったね…」
栞の方から切り出した。
「ああ、あの月曜日のやつ? 面白かったんだけどなあ。何でだろうね? 視聴率が悪かったのかなあ?」
「…」
会話が続かず、何か気まずい空気になってきてしまった。
「あのさ…」
また栞の方から切り出した。
「な、何?」
「今日の図工の時間、いきなり怒ったりしてごめんね…」
「えっ?」
あの時栞は怒ったのか? もしそうなら怒らせ柳地に非がある。栞が謝る必要はない。
「謝ることはないよ。ボクだって栞が描いているものを批判するようなことはすべきではなかったし。寧ろボクが謝んなくちゃ」
そう言ったが、栞は謝るのを止めなかった。
「それで、さ…。今悩んでることがあるんだけど」
(いきなり悩み相談? ちょっとそれには乗れないよ)
と言いたかったが栞がそうさせなかった。
「私、今、家で親の視線が気になってて…」
「どうして?」
「柳地から色々な怪談話の本借りたでしょ? お母さんがそれが何か、そういう分野に入っていくのが不満みたいで…」
栞の言いたいことは凄くわかる。柳地だって虫が好きなことを否定されるのは不愉快だ。栞の母親に何か、言ってやりたい気分だ。
「柳地はどう思う?」
「それはボクだったらキレてるね。個人の趣味を何だと思ってるんだ! 栞のお母さんを叱りつけてやりたいよ。趣味や興味を持つことに悪いことなんてないんだから!」
それを聞くと栞は笑って、
「そうだよね。自分の趣味は自分が一番信じなきゃね」
彼らは赤信号で足を止めた。そして青になったので横断歩道を渡った。
「山尾花公園か…。今年はあんまり虫、いなかったんだよなあ」
「少し、寄って行かない?」
栞が言い出した。
「駄目だよ早く帰らないと。母さんに怒られちゃうよ。栞もそうじゃない?」
「寄るって言っても、通るだけ。今の時間から遊んだりはしないよさすがに」
二人は山尾花公園に入って行った。
日が暮れた後の公園は誰もいない。不気味である。公園内には街路灯もないので、真っ暗である。
「そう言えばさあ、去年ここで柳地が言い出さなければ私、幽霊になんて興味持たなかったんだよね」
「そんなこと言ったね確かに」
柳地はブランコを指さして、
「アレがいきなり動き出したりしたら、面白いんだけどね。この公園にはそういう曰くはないからね」
「そうだね。聞いたこともない」
「でもさ、栞は心霊スポットとかあったら行って見たいと思う?」
「心霊スポット? うーんちょっと…。呪われたくないかな?」
「ボクも。心霊番組でよく行くけどさ、正気の沙汰じゃないよあれは」
会話が盛り上がって来た時、ゴンっと音がした。
「えっ何今の?」
「足元からしたね。何だろう?」
柳地は足元の地面に手を当てた。何か、プラスチックの部品が二、三個転がっている。
「これって…」
部品を集めると円形になった。
「何これ?」
「どっかで見たような…。あ!」
自転車のある部分を見た。暗くて良くわからないので触ってみる。
「何かわかったの?」
「チェーンリングのカバーが割れたんだ。ボクの、自転車の…」
兄のおさがりの自転車を壊してしまった。
「でも何でいきなり?」
「これ見てよ」
柳地は指をさした。でも暗いのでわかりづらく口で説明した。
「この公園のベンチだ。とは言ってもほとんどコンクリートの塊みたいなものだけど。暗くてこれがわからなかったんだよ。これにぶつけちゃったんだ。だから割れたんだ」
「あーそう言えばこの公園、そういうのあったっけ? 柳地は不運だね…」
山尾花公園は二人の通学路に面している。だから栞にもそれが何かはわかった。
「でも大丈夫。これがなくたって走れるよ」
自信満々にそう答える。でもその直後、自転車のチェーンが外れた。
「本当に大丈夫? 取れてるよ?」
「廃車かも…」
そう言って二人で笑った。
山尾花公園を抜けるとまた信号があり、そこで柳地は真っ直ぐ進むが栞は右に曲がる。そしてさよならの挨拶をする。
「また今度の月曜日に」
「待って!」
栞が呼び止めた。
「どうかした?」
「今を逃すと月曜日まで待たなくちゃいけないから…」
(何を…?)
「何かさあ、話題ない? 怖い話とか」
「そうだなあ」
柳地は考える。
(今まで買ってきた本はもう貸し尽くしたから他に何か栞が知らない話題はないか…。都市伝説とかでもいいかな…)
「そうだ。この前お婆ちゃんから聞いた話がある」
「それ、教えて!」
「こっくりさん、って言うんだけど…」
柳地はこっくりさんを栞に説明した。
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