ムラサキカガミ

杜都醍醐
杜都醍醐

第6話

公開日時: 2020年9月1日(火) 17:00
文字数:2,018

「え、幽霊?」


 栞がそう返した。

 柳地は、その後に信じているなんてバカバカしいと続くと思った。そしてこれから変人扱いされるのだろうと覚悟した。


 しかし栞はそうしなかった。


「柳地って幽霊にも詳しいの?」


 栞がくいついてきたので、ここはもうはいと言うほかなかった。


「ああ、そうだよ。よくテレビとかで見るんだ」

「幽霊なんているの?」


 彰がそう言った。いや彼でなくてもそう言う。


「ボクは信じてるけど、君らは?」


 両親と兄は幽霊の存在を否定する。だから誰にも話したことがなかった。でも、他人がどう思っているのかは興味がある。


「いるわけないじゃん。バカなの?」


 彰は存在を否定した。


「どうなんだろう。柳地は信じてるんでしょ?」

「そうだけど」

「なら、いるんだよ!」


 栞は肯定した。


「姉ちゃんはコイツに賛成するの?」

「うん。だって、なんだか面白いじゃん」

「絶対いないよ。科学で証明できないでしょ?」


 確かにそうである。幽霊の存在を否定する人は大抵、科学の方を信じている。だから、存在を否定する。


「ボクは、いると思うよ。科学だけが全てじゃないでしょうに。もしかしたら科学で証明できるかもしれないよ?」

「そんなことよりさあ、さっきの幽霊の話、もっと聞かせてよ」


 栞が柳地と彰の会話に割って入って来た。


「幽霊の話?」

「そう。悪霊…だっけ? どうのこうの言ってたじゃん」

「悪霊ね。なんて言ったらいいのかなあ。人に悪さする幽霊だね」

「どんなの?」

「例えば、人を死なせたりするよ。地獄に連れて行かれるのかな」

「それは、怖いね。私も気をつけなきゃ」

「そんなので人が死ぬわけないじゃん」


 彰がそう言ったが、栞はそれを無視して柳地に話を続けさせた。


「他には何か、しないの?」

「う~ん。ボクもそこまで詳しくはないかなあ。テレビで観た程度だから」


 山尾花公園を過ぎ、交差点に差し掛かった。信号が丁度青なので渡る。


「もう家に着いちゃった」

「ここが、栞の家のマンション?」


 柳地は驚いた。そのマンションは、達也と同じだからだ。


「ここに小池達也って住んでるのわかる?」

「誰それ?」

「彰はわかんないかもしれないけど、ボクらと同じクラスの人だよ。確か一階に住んでるはずだけど」

「わかんないかなあ。私のマンションはあまり隣人間で交流ないし。それに私の家、八階だから」

「八階なんだ。ボクの住んでるマンションは七階建てだから、それより高いんだね。景色も良さそうだね」

「全然。目の前に銀行のビルが建ってるし、近くにも他のマンションがあるから、全然良くないよ」

「そんなもんなんだ」


 達也と遊んだことが何度もあるので、このマンションには何度も来たことがある。しかし、達也は一階に住んでいるので、景色は見たことがない。庭は見せてはもらったが、それだけだ。柳地はここから少し離れた別のマンションに住んでいるが、三階なので景色なんてあってないようなものである。高い階に住んでいる栞が羨ましかった。


「じゃあ、月曜日ね」

「うん。バイバイ」


 二人はマンションの入り口の方へ歩いて行った。柳地は自転車に乗り、漕ぎ始めた。ここからならすぐ着く。

 家までの長い通りを一人、自転車で駆け抜ける。幽霊の話が楽しかったからか、疲れを忘れていた。



「行ってきます」


 虫よけスプレーを腕に吹き付け、長ズボンを履き、帽子を被り、虫取り網と虫かごを持って、柳地は家を出た。


 今日はどんな虫がいるだろうか。バッタなら何でもいい。チョウでもいい。でも甲虫は駄目だ。オオカマキリが食べられない。アリも小さすぎるため駄目だ。


 山尾花公園にはすぐに着いた。やっぱりボール遊びをしている子、遊具で遊ぶ子がいる。保護者も何人かいる。でも草むらにいる子は誰もいない。

 公園に入り、草むらを目指す。すると、


「やっぱり来た! 柳地!」


 声のする方を振り向く。するとそこには栞がいた。


「君、本当に来たの?」

「うん」


 柳地は栞の体全体を見た。恰好は昆虫採集に全く適していない。というか手ぶらである。


「虫、捕まえるんでしょ? いっしょにやろうよ」

「いいけど、網は? 虫かごは?」

「あ…」


 今頃気付くなよ、と柳地は思い笑った。それにつられて栞も笑った。

 柳地が草むらに入っていく。栞はそこに付いて行かず、


「え、ここに入るの?」

「そうだよ」


 そうじゃなければどうやって捕るのさ?


「何かいそうじゃない」

「その何かを捕まえるんだよ! それが昆虫採集さ」


 そう言っても栞は草むらに入るのをためらっている。


「この公園には花壇とか無いからハチはいないよ。それに危険な虫は見たことないから大丈夫だよ」

「なら、行くよ」


 栞が草むらに入った。


「足がくすぐったい」


 柳地が栞の足を確認する。しかし何もいない。


「スカートで来るからだよ。少し暑くても長ズボンで来るべきだったね」

「今度からそうするよ」

「また、来るの?」

「そこはまだ、考え中」


 女子に昆虫採集は無理だろう。栞はきっともう来ない。これが栞にとって最初で最後の昆虫採集だ。柳地はそう思った。

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