ムラサキカガミ

杜都醍醐
杜都醍醐

第25話

公開日時: 2020年9月4日(金) 15:00
文字数:3,027

 いつも通り授業を受け、放課後は補講に参加する。今日は数学。この補講はレベルが高いので、自分たち以外はみんな上のクラスの人間だ。


「なあ森谷」


 柳地の方から話しかける。


「なんだ三ツ村?」

「隣に座ってくることはいくらなんでもしなくていいんじゃないのか?」

「そんなことないぞ三ツ村。俺は勝つと誓った。それはテストだけじゃなく、日々の授業でもだ。でも、お前とはクラスが違う。一部の教科はお前は受講してないし先生も違う。だからこういう機会は逃したくない」

「なるほど」


 先生が入ってきてプリントを配った。今日は二次関数の問題だ。


「まずは問一、十分」


 先生がそう言うと柳地はルーズリーフを一枚取り出し、その問題に取りかかった。


(十分? こんな問題にそんなに時間はいらないよ)


 凄まじい速さでシャーペンを動かし解いていく。


 隣に目をやった。森谷は自分に驚きの眼差しを向けている。


「三ツ村…お前この問題前に解いたことがあるのか?」

「いや」

「じゃあ何でそんなに早く解けるんだ?」

「そんなに早い? 俺からすれば平常運転だけど?」


 森谷は呆気にとられている。さっそく後悔しだしたか。


「森谷。おまえは早く解かなくていいのか? 俺はもう終わりそうだぞ?」

「くっ速さでは勝てないか…だがたとえ早く解けたとしても答えが合っているとは限らない!」


(それはないな、森谷)


 早く解けるってことは見直す時間が多くなるってことだ。もっともケアレスミスはしないように心がけているので見直す必要もないのだが。


「問一の答えは――」


 先生が黒板に公式を書き、その下に解答例を書いていく。ほとんど自分の解答と一緒だ。違う点は約分が柳地の解答の方が一々細かいだけ。


「俺は正解だぞ。おまえはどうなんだ森谷?」


 森谷は自分のノートに書かれた解答を柳地に見せ、


「俺だってこのぐらい、正解だ」


 そうでなくては面白くない。



「次は問二、問三。二十分。これは指名するからな」


 問二の問題は少しハードルが高い。有名私立大学の入試問題のようだ。問3も大学が違うだけで同じレベルだ。

 先生は指名するって言っていた。できればそうはなりたくはないが、だからといって解かないわけにもいかない。指名されてまだ解けてませんでは森谷が笑う。


(先に問三から解こう)


 二十分が経つと本当に先生は指名してきた。


「今、目が合った。ほらお前だよ、森谷。問二の解答を前に出て黒板に書け」


 指名されたのは森谷だ。


(ここで恥かけばいい。間違えろ!)


「そしたら隣、三ツ村。問三な」


(えっ? 俺?)


 巻き添えを喰らった。だから隣に座って欲しくなかったのだ。


「解き終わったのか?」


 先生が聞く。


「はい。できてます」


 そう答えると森谷に続いて前に出た。

 二人は黒板に解答を書き始めた。互いにどれくらい書けてるかチラチラ見合う。みんなの前で負けたくはない。


(何としても正解してやる!)


 そんなこと考えているうちに書き終わる。そして席に戻る。


「…二人とも正解だ。やるな。この問題はお前たちには解けないと思っていたがそうでもなかったな」


 教室中からおおお! っと歓声が上がる。それだけこれらの問題は難しかったのだ。


「今日は次の問四までだな。十五分」


 問四も解く。それほどレベルは高くないので二人とも正解した。



「今日は引き分けか。でも次は絶対勝つぞ!」


 全くこいつはうるさいな。そう思った途端、


「君たちが三ツ村柳地と森谷悠生だね?」


 知らない顔の奴が声をかけてきた。周りを見ると数人に囲まれている。


「そうだが…おまえたちは?」

「説教しに来たのさ」

「説教?」


 柳地は森谷と同時に声を出した。


「一般クラスのくせに随分と良い成績残してるみたいだね?」


 確かに柳地も森谷も学年三十位以内にいる。


「それが生意気なんだよ!」


 話している奴はいきなり切れ始めた。柳地が座っている机の足をバンと蹴った。


「いいか良く聞けよ…。一般クラスの奴は黙って低成績を取ればいいんだよ。全く調子に乗りやがって。そのお蔭で俺たちは渡辺先生に滅茶苦茶叱られたんだぞ? どうしてくれんだ? ああ?」


 こんな不良みたいな奴でも上のクラス。でも言ってることから察するに柳地たちよりも成績は悪いようだ。

 恐らく周りの奴らもそうなのだろう。それで取り囲んで、文字通り袋叩きにしようという魂胆か。


 まずい。喧嘩なんてしたことないし、第一運動神経が悪いのでまともに戦うこともできないだろう。一方的にリンチ確定だ。


「覚悟はできてるんだろうな?」


 そいつは拳を握りしめる。


「ちょっと待てよ」


 森谷が言い出した。


「お前らさ…。いきなりそれはないだろ」

「ああ?」

「見たところ選抜準選抜クラスのようだが…。勝つために拳で殴れと教わったのかい? そんな低レベルな授業してるのか?」


(逆撫でするなよ森谷! 大変な目に遭うぞ! 俺を巻き添えにしないでくれ! そいつは今にも暴れ出しそうだ。殴られるなら一人で殴られてくれ)


「もしそうだったら謝るよ。でもこのコースは学力で他人と競うコースだ。喧嘩ならフレックスでやってろよ。それに俺の敵はお前たちのような上のクラスの落ちこぼれじゃない」

「何だと!」

「怒鳴るなよ。成績が悪いのは自分のせいだろ? 違うかい? 俺らを殴れば点数でも取れるの? 内申点が下がってまた叱られるだけじゃないか」


 森谷の言っていることは正しいが、相手がそれをちゃんと理解するかは別である。本当に喧嘩なら他所でやってくれと、柳地は思った。

 話しかけてきた奴はもう爆発寸前だ。柳地は小声で、


「森谷、それ以上は止めた方がいい」


 そう言った。が、森谷は聞き入れず続ける。


「はっきり言うぞ。俺はお前ら上のクラスの奴に興味も関心もない。俺が戦っているのはここにいる三ツ村だ。それ以外の奴が視界に入ってきてもらっても困る。消えろ。自業自得の馬鹿ども」


 もう喧嘩だ。柳地は覚悟した。その時だ。


「やめろ幸山!」


 教室の入り口で誰かがそう叫んだ。


「あ、外岡…」


 森谷が言った。


「知ってる奴か?」

「去年同じクラスだった。今は一組にいるんだ」

「幸山。お前本当に馬鹿だな。全部森谷の言う通りだ。お前が悪い。それと他のみんなも。こんなことして恥ずかしくないのか?」


 幸山という奴は外岡を睨んだ。


「うるせえな! 本来なら俺たちがエリートなんだ。好成績を取るのはこいつらじゃなくて俺なんだ。こいつらに折られた俺たちのプライドがわかるか外岡! こいつらの見方をするのか!」

「知らんな。そんなのは俺の守備範囲じゃない。それに好成績を残している森谷たちに敬意を表するべきだ。そしてこんなことはすぐにやめるべきだ。それでもやめないなら渡辺先生に報告する。いずれ校長の耳にも届くだろう。下手したら退学かもしれない」


 確かに事件を起こせば退学も有り得る。


「ちくしょう…」


 幸山は握りしめていた拳を解いた。


「ここで森谷と、三ツ村だよな? 彼らに勝ちたいのなら自分の成績を上げることだ。もうこんなことはやめろ」


 外岡がそう言うと、幸山と周りにいた奴らは無言で教室から出ていった。


「それと」

「何か用でも?」

「俺は外岡とおおか智泰ともやす。この間の実力テスト、おめでとう。俺も負けちゃったからな。次は俺も本気を出さないと」

「危ないところだった。助かったぜ外岡。お前なら来てくれると思ってた」

「そりゃあ行くさ。かつてのクラスメイトがあんな馬鹿どもに絡まれるのを放っておけないからな」


 上のクラスでもこの外岡という奴みたいにいい人がいるのだ、と柳地は思った。というか全員外岡みたいな人じゃないといけない気もする。

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