ムラサキカガミ

杜都醍醐
杜都醍醐

第5話

公開日時: 2020年9月1日(火) 16:00
文字数:1,970

 栞が同じスイミングスクールに通っていることがわかったのは金曜日だった。聞くと二年の頃に金曜日に変えたらしい。でも全然気づかなかった。栞の方が自分よりも級が一個上だ。だから交流する機会がなかったのだ。

 栞の一個下の弟の、城島じょうじまあきらとは同じ級であり、栞を介して仲良くなった。なかなか生意気な弟だ。


「あんたが今度の姉ちゃんの隣の席の人かあ」

「柳地だ。よろしく」

「俺は彰。よく覚えとけよ」


(人の名前何て忘れないさ)


 もっとも一度聞いたら最後、忘れろと言う方が彼にとって無理な話。

 級に分かれてプールに入る。九級の柳地と彰は背泳ぎだが、八級の栞は違う泳法を学んでいた。


「もっと速く泳げねえのかよ?」

「うるさいよ。速く泳ぐことより、フォームが大事なんだよ」


 いちゃもんをつけてくる彰を先に泳がせ、柳地はその後を泳いだ。



 兄が行っているからと1年生の時から親に半ば強制的に入れられたスイミングスクールだったので、柳地は当初通うことを心地良く思っていなかった。でも栞と知り合い、仲良くなるきっかけが少しでも増えたので、今は悪くないと思っていた。


 時間はあっという間に過ぎ、五時半となった。みんなプールから上がり、シャワーを浴びて体を温めるためにサウナに入った。

 柳地は今までは兄の横にいつもいたが、今回は栞と一緒にいた。


「柳地は彰と同じ級なんだ。早く上がってきなよ」

「それができれば苦労しないよ」

「この人泳ぐの遅いから一生無理じゃない?」

「彰、そんなこと言わないの!」


 彰の頭を栞がポカンと叩く。


「でも、上の級になるとタイムが要求されるらしいよ? 兄ちゃんがそう言ってた」

「そうなんだ。でも私は速く泳ぐ自信あるし、大丈夫かなぁ」

「柳地には無縁だって」


 また、栞は彰の頭を叩いた。

 更衣室に行き、着替える。彰としゃべっていると彼は急に、


「柳地って友達いないの?」


 と聞いてきた。


「何だよいきなり! いるよちゃんと」

「へえ。でも今日他の人と全然話してないじゃん」

「前までは、達也っていう親友がいたんだけど、水曜日に変わったんだよ。それにいつもは兄ちゃんと話してるんだよ」

「なんだ。そうなのか」

「そうじゃ駄目かい?」

「別に」


 更衣室を出るとスイミングスクールの玄関で栞が待っていた。


「ちょっと、遅いよ、彰」

「しょうがないじゃん柳地が邪魔したんだし」

「はい? ボクはそんなことしてないぞ?」

「まあいいよ。早く帰ろう。柳地は家こっち方面?」

「うん。途中までは一緒だね」

「兄は待たなくていいの?」

「兄はいつも遅いんだよ。早く帰ってご飯食べてドラえもん見たいし、もう行こう」



 三人で並んで帰る。その中で自転車で来ているのは柳地だけだった。柳地は自転車を挟んで栞の隣を歩いている。

 話される内容は、特に変わったことのない、いたって普通の内容だ。だが柳地にはなかなか発言するチャンスがない。栞が彰に、柳地のことを紹介しているからだ。


「あのカマキリはおっきかったね」

「へえ。柳地、今度見してよ」


 急に自分にふって来た。


「え、あ、うん。三組に来ればいつでも見れるよ」

「でさ、バッタ食べる時が凄いの。頭から食べ始めるんだよ」


 栞はまるで自分がオオカマキリを飼っているかのように話をした。


「それも今度見して」

「それは、うーむ」


 セセリチョウもトノサマバッタも食べつくされてしまった。また山尾花公園に行かなければならない。そこで捕れるかどうかわからないので、約束はできなかった。


「公園にいれば、ね。トノサマバッタはもう食べられちゃったから」

「餌はアリじゃ駄目なの?」

「アリは小さすぎるよ。もっと大きくないとオオカマキリも食べないと思うんだ」


 柳地はため息を吐いて、


「だからまた、山尾花公園に行かなきゃ…。餌を補充するんだ…」


 カマキリを飼うということは、延々と餌となる虫を補充することになる。一年生の時に兄が飼っていたコカマキリで経験済みだ。


「今度いつ、山尾花公園に行くの?」

「え?」

「私も虫、捕まえてみたいな」

「ええ!」


 栞の予想にしない言葉に、柳地は驚いた。昆虫採集は男子のものと思っていたからだ。柳地の頭の中では、女子は虫とは無縁だった。たまに虫かごを突くくらいしか興味がないと思っていた。


「明日かな? 多分午後に行くと思うよ」


 そう話していると、三人は山尾花公園に差し掛かった。夜の山尾花公園は不気味である。それこそ幽霊が出そうだ。


「今、捕ればいいんじゃない? 行ってきなよ柳地」

「冗談言わないでよ彰。今日は疲れたし早く帰りたいよ。それに」


 柳地は続ける。


「それに、夜の公園って不気味だよ。何か出そうだし」

「何かって何?」

「幽霊とか。悪霊に憑りつかれたらたまったものじゃないよ。地縛霊も考えられるし、浮遊霊も拾っちゃいそうだ。それに丑の刻参りやってるかもしれ…」


(しまった!)


 今まで達也にも黙っていた、幽霊への関心が口に出てしまった。

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