彼は知ってるだろうか?
私がもうこの世界にはいないんだということを。
彼と出会った1年前から、世界が止まっているんだということを。
「キスしてええ?」
「だめ」
「なんで?」
「時間ないじゃん」
「キスするだけやし」
「嘘ばっかり」
「嘘つきはお前やん」
「は?」
「昨日10時には帰ってくる言うて、帰ってこんかったやん」
「それは…」
彼に内緒にしていることがある。
話そうか話すまいか、ずっと悩んでた。
でも、話したところで、この秘密が歩ける場所がないことも知っていた。
私はただ、彼と一緒にいたかった。
何気ない時間を過ごしていたかった。
それは「彼女」の願いでもあった。
私の体の中にいる、「石神未玖」という、——少女の。
影の外に出なきゃいけない。
閉じ込められた時間の外に、出なきゃいけない。
彼に話したくても、話せないことがある。
何かを隠すつもりはないんだ。
いっそ洗いざらい全部話して、胸のうちにあるすべてのことを打ち明けてもいいと思ってた。
…でも、もう時間がないんだ。
影が迫ってるんだ。
せめて今だけは、彼と触れ合っていてもいいかもしれない。
目を閉じていてもいいかもしれない。
不意にそう思う自分もいた。
まるで夢みたいな、無くしたはずの日常の前で。
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