今回の戦いでは目立って被害が出た。
従者と付き人105名のうち19名が死亡。
37名が重軽傷。
負傷者は澤山を超える前は故郷に置いてきたけど、これから先はそうはいかない。
重症者の従者のうち五名が数日の間に死亡した。
中には私に懇願して、即死させてほしいと頼む従者もいたので、希望を叶えてあげた。
こういう殺し方は、戦場とは違って悲しい気持ちにさせた。特によく顔を知っている従者を死なすのは、感情的に堪えた。
死傷者の中に兵士たちとクラベはいなかった。
兵士はともかく、クラベは若いから、武家としての資質を侮っていたが、本人曰く、不思議と戦場で傷を負ったことはないとのこと。
単純に運がいいと言っていた。
軽症者、といっても、中には骨折や、銃弾が抜けただけで出血のひどいものもいたから、命には関わらない、という程度で、近隣の村まで運ぶと金銭を配って医者と医務経験者を複数人手配させた。
一人でも死なないようにさせたいのは人として当然だし、兵士にとって従者は兵役だけでなく雑務全般もこなしてくれる自分の家の使用人のようなものだから、その身を守るのは当然の務めだった。
「死亡者が24名になりました。足が使えなくなったものが6名。戦場には立たせられません。傷のないものと回復が見込める軽症者が、75名です。うち大王家の付き人が18名なので、我々の従者たちで健全なものは57名になります。かなりの痛手です」
アベがそのように報告した。
こちらの従者の被害が大きい。
歩けなくなったものは今後荷車で連れて行くとして、彼らが身を守るための銃が欲しいところだ。
心理的に、襲われたとき丸腰じゃ辛いだろうし。大き目な都市に行ったら手配してもらおう。瑞葉様にお金を出してもらって。
「前回の兵賊の襲撃の中に兵士はいなかったね。様子見だったってことかしら? もう一度襲撃がある可能性もあるかもね」
アベが答える。
「一回の襲撃でこの被害は酷いですね。この先兵賊の襲撃が常にあることを考えると、何か対策を打たないと」
私は言う。
「本当は関東東部まで進みたかったけど、無理かもね。近場の都市に根を下ろすか…」
「近辺なら川神という都市があります。もっとも兵賊の支配下ですが」
しばらくこの集落に留まって周辺の兵賊と交渉するしかなさそう。
しかし賊は賊だし、できるなら交渉の相手にはしたくない。
関東の東部まで進めば治安のいい地域が増えるんだけどなぁ。
一人で考えるために、アベを下がらせた。
集落や都市までの道を、護衛隊を二つに分けて進ませたほうがいいかもしれない。
一つは金品や食料などの物資を護衛する輜重隊。これに兵士と従者を集中させる。
もう一つは瑞葉様を護衛する護衛隊。これには私と最低限の付き人だけを連れていく。
実際、戦闘になれば攻撃は私一人のほうが容易い。
付き人を大王の護衛につけて、兵賊への攻撃は私が担う、のほうが、被害が少なく、攻撃も効果的な気がした。
むしろその場合心配なのは輜重隊の方で、敵が精強な場合金品略奪の上全滅もあり得た。
やっぱりだめか、と頭を捻っているとき、クラベが近づいてきた。
「この辺の兵賊について、多少知っているのですが…」
という意外な話だった。
「どんな内容?」と聞く。
「兵賊の頭目の一人と友人です。ここから離れてはいるんですが、平園という街を管理しています。信頼できる人です」
私は疑念に思った。
「その兵賊を頼るということ?」
「はい、この辺りは兵賊たちがひしめいていますし、僕の友人の街なら、支配が確立しているので、同じ兵賊に襲われることもそうそうありません」
なんで従者に過ぎないこの子が兵賊と友人関係にあるのか疑問に思ったが、まぁ不思議な奴だし、そういう疑念は置いておいた。
本当に兵賊の頭目と交渉できるなら、願ってもない話だし。
「その兵賊と交渉できるの? こちらも譲れないところは譲れないよ?」
クラベは頷く。
「大丈夫です。平園への長期の滞在と、安全の保障程度なら、無償で引き受けてくれます」
「どういう間柄なの?」と続けて聞くと、「幼馴染で、友人です」と答える。そこには嘘や虚栄を張っているそぶりは微塵も見えなかった。
大丈夫なのかなぁ、と思いつつも、その様子を信頼することにして、「じゃあ、交渉のための騎兵を出すから、言伝は任せるよ。でも内容は確認するし修正もするからもちろん」と交渉の許可を出した。
そうして、兵賊との交渉のために、しばらくこの集落に留まることにした。
眠っている。今度は死んでなどいない。夢の中だとなんとなく朧げにわかる。子供のころの記憶を回想したような夢を見ていた。
森の中、私は一人で遊んでいる。一人、一人だ。
森の中には誰もいないのに、私は誰かに話しかけている。
「コカビエル様、コカビエル様、出てきて、私と遊んで」
母からもらったネコのぬいぐるみを持ちながら、私は空中に手を振って繰り返している。
「コカビエル様、遊んで、私と遊んで」
誰もいないはずなのに、私の後ろに髪が長く、黒髪で、黒い装束を来た女の人がたっていた。
「コカビエル様、きてー」
私はその姿に気づいて、両手を差し出す。黒い髪の女の幽霊は、なにか囁いていた。
なんて囁いたのだろう。記憶にない。
記憶の情景の中。私は彼女の言葉を聞こうと耳を澄ませた。
「黒目が勝って真っ暗になるころ、厄が来て暗闇を晴らす。預言者が予言する時期、警戒蟻の警告が始まる時。雲が群がって雨が降り始める。また国が一つ滅ぶ。これは定め。大いなる災厄と永遠の福音の前兆が、また繰り返される。今回の震動はなかなか大きいものがある。大丈夫、まだ来ない。死んだ魚が猫になったら、また予兆が進む。いいえ、それは破壊のようにではなく、病のように、衰退のように、来るでしょう」
「あはは、なにそれ」と子供の私が笑っている。黒髪の女は子供の私の頭を撫でて、消えた。
いつのころの記憶だろう。よく覚えていない。子供の私はぬいぐるみを手に振り回しながら、またコカビエルの名を呼び始めた。
いつからか呼ばなくなった。だんだん成長するにつれて、自分が呼んでいる存在が怖くなったからだ。
私は子供のころの懐かしい記憶に触れながら、集落の民家で目を覚ました。時、一瞬、民家の暗闇の隅に、黒い長髪の女の影が見えた気がした。
「コカビエル?」
しかしそれはすぐにいなくなって、気のせいなのかも、と思うことにした。
4
クラベの友人だという、兵賊の頭目、「キリヤマ」という相手と、何度かの交渉を経て、話の通じる相手だという印象を持った。
1,平園に居住するならば歓迎する。
2,ただし居住に際しては、他の住民と同じ額の税金を払わねばならない。
3,それ以外の特別の要求はしない。
4,平園における安全の保障は約束する。
5,他の兵賊から、平園までの道のりの安全を保障することはできないが、なるべく便宜を図る。
という内容だった。五番目の他の兵賊から守ってー、というのは、こちらからお願いしてみたのだが、さすがにそこまでは無理らしい。
平園周辺の兵賊には襲わないように使者を送る、ということだった。
内容としては十分すぎる内容だ。
私は瑞葉様へ情勢を説明し、平園への移住が最善だと護衛の立場から伝えた。
万が一平園の兵賊に問題があれば、こちらで対処しながら別の都に移住すればいい、と付け足して。
この護衛移動生活はとにかく金がかかる。瑞葉様も早めに腰を落ち着けたいに違いないと思っていたが、兵賊が支配する町、というのが気にかかるらしく、他の方法を求めてくる。
しかしここは納得していただかないと、他に方法がないので、兵士たちと私で説得して、納得してもらった。
「いざとなれば俺たちで兵賊の集団をぶっ殺して、平園の支配を覆しちゃいますよ」とムラキが軽口をたたくが、そんなことをすれば周辺の兵賊からフルボッコなのは目に見えていた。
クラベはムラキに怒ったように言う。
「キリヤマの一団を甘く見てはいけません。関東でも十指に入る兵賊なのですから」
ムラキはクラベに笑わずに言う。「冗談だよ」
ムラキはクラベが霊能があるからか、他の従者より親しげに接していた。
「数多いの? キリヤマの兵団」私が尋ねると、クラベは頷く。
「数は、銃で武装した従者が千人以上います。兵士はキリヤマを含めて22名です。特に、キリヤマの長男の、キリヤマレン、という兵士が、サダメ様と同じように例外呪物持ちの兵士です。僕の幼馴染なんですが、闘争の激しいこの地域でも指折りの兵士です」
「ふーん貴方の友達なのね」と私は相槌を打ちながら、周辺の従者に出立の準備を進めるよう指示を出した。
「レンも魔王の陣営の一人ですから」とクラベが私の後ろでぽつりとつぶやく。
「ねぇ、その魔王ってなんなの」と私はさすがに疑問に思っていたことを聞いた。
「魔王と私たちは生まれる前から連帯した集団です。それぞれ身分も才能も生まれも違いますが、お互いに集結し合って助け合います。使命について曖昧なもの、思い出せていないものもいますが、概ね仲間意識を共有した、魔王の陣営です」
魔王の陣営。闇の陣営。死後のアザラシ神の話とやはり似ている。
生まれつき仲間意識を持った集団、とでも解釈しておけばいいのだろうか。どうも宗教臭くて警戒してしまう。
クラベは言う「要するに、秘密結社と、その会長です。表向きはそれぞれ普通に生活しながら、いざというときは会長のもとへ集う、というだけの、秘密結社です」
「そうなんだ」
と答えながら、よけい胡散臭いな、と思って私はそれ以上聞くのをやめた。まぁ今はこの子の知り合いに頼るしかないから、あまり深く詮索しないことにしておいた。
この地域では歩兵と銃砲が従者たちの主力武器らしい。鉄剣で武装しただけの私たちの従者では分が悪い。
銃は鉄剣に比べて割と高価だから、兵士の戦力に重きを置く故国では、鉄剣が主体だったのだ。しかしこうも被害が多いと、銃の配備も考えなければならないかも、と考え始めていた。
関東の兵賊は戦術も兵装も進んでいる。
失敗した、兵賊の襲撃に勝利した後、銃砲を拾っておけばよかった。
次の襲撃があると思っていたし、荷物が増えるからと、先を急いだのが悔やまれる。
買えばいいと思っていたし、被害が大きかったから、早く集落に辿り着きたかったのだ。
出立すると、四日ほど進んでも兵賊からの襲撃はなかった。
時折何発か銃声があって、そのたびに臨戦態勢に入ったが、結局襲ってこないままだった。
前回の戦で、向こうの被害が大きかったのかと思ったが、二日経った頃には別の兵賊の支配圏に入っているのに、一向に襲撃がなかった。
事情通というクラベを呼んでそれを疑問として尋ねてみると、こう答えがあった。
「襲っても割に合わない敵、という認識が兵賊間で共有されたのだと思います。彼らは情報共有早いですから。加えてキリヤマの兵賊の配下、という噂をキリヤマ側が流しているようで、手を出していいのか判断できないのでしょう」
傘下に下ったつもりはないのだけれど、なんにしろ襲ってこないのは予想外で、非常に助かる。敵襲は必定だと思っていたから、休止の回数を減らして急がせていたので、一度中休止を取ることにした。
張りつめていた緊張がゆるんで、大きくため息をつく従者もいた。私は食事もこの時間に取ることにして、簡単な食糧一式を従者に取らせた。
おにぎり。と、パン。それでも嬉しそうに食料を積んだ荷車からそれらを取っていく。
私もパンを六つ手に抱えて、歩けなくなった従者たちのもとへ行って配った。
一人が申し訳なさそうに言う。
「お役に立てなくなり、足を引っ張ってしまっております。本当に申し訳なく思います」
と、自分より年上の従者が言う。
「従者はどうなろうと死ぬまで従者だよ。一生養うし、名誉の負傷をしたことに対する慰労金も出します。目的地に着いてからね。あなた達には今後戦ではなく事務で活躍してもらう。貴重な戦力だよ」
「必ず、お役に立ちます」従者たちは頭を下げた。
こんなこと言わなくても、兵家が負傷した従者の世話をするのは義務なんだけどね。それでも直接声をかけたほうが安心するだろうと思って、言うべきことを言った。
中休止の間、草むらに戻ってパンを齧ると、なんだか急激に眠くなってきた。しかし中休止も半ばを過ぎたから、いま寝たら起きるとき辛い。でも超眠い。むしろ眠ったまま死にたい。いや、でも、いま死んだらこいつらやばい。いまは死ねない。とかまどろみの中で考えているうちに、結局寝た。
18
途中途中兵賊の支配下にある集落で、金を出して滞在させてもらいながら、兵賊にも色々な種類がいることに気づいた。本当に夜盗のようなものたちもいれば、集落の保護者として規律を保って警護団のように振舞っているものたちもいる。
中には都市国家の総督のような存在として、都市を庇護している兵団まであった。
小休止中に、クラベが話しかけてきた。「日本は政権がいくつも分裂して争いが絶えませんが、関東はその中でも更に無秩序な状態です。無数の兵団が起こっては消える、混沌とした地域でした」
私は率直に言った。
「そんな土地に安住できるものだろうか」
「それでも関東の兵賊はいずれまとまります。実はもう兵賊同士での争いはほぼ禁じられています。各々の支配領域も、お互いに承認し合っています。関東南部に突出した兵賊の兵団があって、関東の三分の一の兵賊は、既に彼の傘下か同盟関係にあります」
それは初耳だった。兵賊など自由と略奪が合言葉の、落ちぶれた野蛮な集団だと思っていたからだ。
「私たちがお世話になるキリヤマの兵賊も、その兵賊達の大頭目の傘下に入っています。言ってみれば、大頭目が国主で、頭目たちが領主のような関係でしょうか。大頭目はヤマガミというのですが、いま兵賊達はそのヤマガミの傘下に続々と入っているという、そういう情勢です」
兵賊同士では秩序が生まれつつあるらしい。それは私たちにとって都合がいいように思われた。
その大頭目の配下のキリヤマの兵団の保護下にいれば、問題なく平園に定着できるわけだし。
「魔王はその大頭目の支配する都で庇護されています。魔王はまだ子供なので、成長するまで、ヤマガミの保護下にあるでしょう」
「ふーん」
まぁ魔王についてはおいおい聞いとくとして。
「平園まだ? 到着したらしばらく一か月くらい寝込むから、キリヤマとの交流はあなたと兵士たちに任せるからね?」
実はまた超高熱が出ていた。立っているのもしんどいし喋っていても脂汗が出てくる。
「風邪ですか?」とクラベは心配そうに言う。
「額触ってみて」「うわ、すごい熱!」と驚いた様子だった。
私は自嘲気味に言う。
「私が死んだら三日間は待って。生き返るかもしれないので。腐ってきたら埋めていいけど、火葬とかはマジやめて。埋めるときも包帯に包まず、いまの服装のままで埋めて、棺の中に自殺用の毒物と笛を置いておいて。私の墓場から笛が聞こえたら駆けつけて救助して」とめちゃくちゃなことをお願いした。
クラベは呆気にとられたように「だ、大丈夫ですよ、そこまで心配しなくても。まずは休んでください。顔も青いですね」
「絶対火葬はやめてね」
わたしも自分で変なことを言っていると自覚しながらも、頭痛がしてきて、それ以上クラベと喋っていられなかった。アベたちが気を利かせて馬車を下りてくれたおかげで、馬車の中で横になれた。
私は朦朧とする頭で、冷静に考えれば土葬も半生き埋めだから生き返ったら残酷度やばいな、とぼんやり考えて、眠りに落ちた。
19
死にはしなかった。
八日の行呈を経て平園にも辿り着いた。
キリヤマ氏も、市民として迎える事を歓迎する旨を伝えてきてくれた。
本来市民は武装を許されないのだが、格別に、非常事態時に平園の防衛に協力することで許してもらえた。
平園での位置づけは自警団、ということにされた。
平園の空き家の幾つかを買い上げ、本拠の屋敷を瑞葉様が購入された。
平園では身分制度が存在し、最下層の奴隷から、商業や農民で構成される二等市民、軍務に服役する一等市民、街の運営に参加する参与市民、という具合だ。
私たちは軍務に服役する自警団、という位置づけなので、一等市民の地位を全員に与えられた。
当初税金を払ってもらう、ということだったが、軍務に服役する一等市民は納税の義務がないらしい。兵装に金がかかる上に、その準備は自前でするからだ。
軍務にあたる者たちの兵装は火器での武装が義務だったため、街の商人と交渉して、鉄砲を予備を含めて100丁と、弾薬を多数量注文した。町でもかなり大口の取引である。この地方では金貨、白銀貨、銀貨、銅貨が流通貨幣となっている。金貨には大貨、中貨、金貨半の3種類があり、一枚重さ22グラムの金貨半で、家賃ならだいたい十か月分、お米ならだいたい五石2斗、780キロ買える。金に限っては絶対量が昔に比べ非常に少ないので、価値が暴騰している。
その金貨半で、100丁の鉄砲と弾薬を購入するのに357枚必要となる計算になった。
瑞葉様の財産は金貨が全体で46キロ。白銀貨が35キロという具合なので、当面金には困らない、というような状態であった。ちなみに白銀は金の半分ほどの価値だ。
お金が足りなくなったら国主への国体への斡旋などの営業や、家財を売って金を得ているらしいという懐事情も聞いた。呪物など放出すれば、国主から莫大な金品をもらえることも想像に易かった。
わたくしたちのお給金の話をすると、向こうは色々考えてくれていたらしく、フクワラ様のもとにいたころと変わらない額の金を出してくれるらしい。
私は金剛の領主の孫娘だったのだが、祖父の年間の領地からの税収入が金貨半83枚分だったので、その分を毎年一月初旬に払っていただけるとのことだった。
いまは9月だが、今までの護衛への感謝も込めて、一年分の給金を頂いた。一月にもまた支給してくれるらしい。太い。
私からすれば、当主でもない孫娘だったのだから、超高給取りに早変わりである。
その代わり自分の兵士や従者については給金をその中から出すのが筋、ということで、兵士や従者たちには私から払うことになった。
アベやササキ、ムラキは土地持ちの小領主だったので、別途瑞葉様から支給してほしかったが、そこまではしてくれないようだった。
当面の給金、戦における報奨金、負傷者への見舞金、はすぐさま支払う必要があったから、私の給金の半分以上が飛んだ。
しかし兵装などの武装にかかる費用は、瑞葉様が負担してくれたので、それでも結構余った方だった。
残りは私の手取りだ。いい家に住もう。周りは閑散とした緑地で、綺麗で、広い家に。
護衛隊の活動はあまり使われていない市民の寄り合い所をキリヤマ氏から「自警団の本拠として」借り受けたので、そこを活動の場とした。
長山という地名を取って長山会館と呼ばれるその建物は、そのままの名前で使うことにした。
この会館に従者を常駐させながら、護衛隊の庶務をこなすという場所にすることにした。
本来の役割である瑞葉様の護衛には、瑞葉様の屋敷に常に兵士1名を常駐させ、従者も15名配置することにした。
根拠はいざとなったらその程度は必要だろうというただの目算だ。
何かあれば長山会館とすぐに連絡を取り合えるようにそれぞれに騎兵も配置してある。
そしてわたしは、全ての雑事を終えると、寝込んでいた。
熱が上がったり下がったりを繰り返して、正直死ぬほどしんどい。
家は郊外の一軒家を借りて、身の回りの世話をする従者を四名選抜して、私自身はひたすら布団の上にいた。
もうこのまま動けないんじゃないかというくらい、起きてもだるく、横になっていないと辛い。
一か月が過ぎ、二か月を過ぎても、私は快方に向かわなかった。
20
冬が来る。11月も半ば。外が涼しくなり、人の喧騒が夏より減り、虫たちや生物の息吹も減ったころ。
私はようやく熱が引き、起きていられるようになった。
そのころからちょくちょく長山会館にも顔を出し、瑞葉様の護衛の役目も担うようになっていった。
自警団の役割はほぼ無かった。有事の時は防衛に参加、と言っても、兵賊同士の争いもなかったし、領地を狙う領主や国主もこの辺りには存在しなかった。瑞葉様は町の良家として認識されはじめ、自警団の存在も平園で周知され始めた。
1月ごろ、クラベが尋ねてきた。仕事ではなく私人として。
なんか人を連れてきている。若い男性。クラベはキリヤマレンと紹介した。
レンはこちらに挨拶する。
「初めまして、キリヤマレンです。イヌイから話を聞いて、会いに来ました。あなたも陣営の方だって伺って」
陣営とは魔王の陣営というやつだろうか。そうはいっても私は魔王の陣営について何も知らないのだが。
「そういうことになってる」と私は返した。
クラベは間を持つように喋った。
「呪物の先在を持つ人には陣営の人が多いんですよ。僕たちは贈り物、と呼んでいますが。陣営について話してもいいですか?」
と尋ねてくる。その内聞きたいと思っていたから、私はどうぞ、と言った。
「陣営には贈り物は貰えなかったけど、陣営を動かす手足となる悪魔たち、と、贈り物を貰えた議員たち、で構成されます。陣営の目的は大陸の西からやがてくるだろう軍勢の撃退です。やがて世界は大陸からくる帝国に征服され、私たち魔王の陣営のものは皆殺しにされます。それに対する備えをしています」
話を聞くと、大陸からくる侵略に備える結社のようなもの、らしい。
誰がいつから始めたかは知らないが、口伝で継承され続けた思想らしい。
1,侵略者が大陸からくる。
2,侵略者は結社のものを皆殺しにする。
3,侵略者から結社のものを守るために、統率するものが来る。
4,侵略者と統率者は戦う。
5,そのために戦いの日に備える。
というような内容だった。
「侵略者が魔王の陣営を皆殺しにするっていうのは、向こうに何の動機があるの? 陣営の人かどうかどうやって見分けるの?」
と私は聞いてみた。
「それは私たちだけが、侵略者に最後まで抵抗するからです。国体にも同じような思想がありますが、私たちとは起源を異にします」
まぁ大陸から侵攻があるっていうのは否定しないけど、それはいつ来るかわからないわけで。
それより日本地域の情勢の方がよっぽど現実的問題である気がした。
「まぁ国を憂うのはいいことだけど。結社ってことは組織ってことだよね。どうやって繋がりを保っているの?」
「おもに自分の意志ですね。自分で陣営に留まって、自分で陣営に協力します。義務や規則があるわけではないです」
あー、あれか。古代にはやった本当に秘密結社みたいなものなのかも、と思った。
「わたしは協力するか定かではない…」とつぶやいた。
クラベは構わずに言う。
「これが魔王の写真です。ミヒメアサラシという名前で、大頭目が治める都に住んでいます。身分は…」
私は言葉を遮って、ちょっと動揺しながら聞き返した。
「名前、もう一度聞いていい?」
「名前ですか? ミヒメアサラシです」
アサラシ。アザラシ。アザラシ神。これは偶然だろうか、死後に聞いた単語が出てきている。
わたしは不意な偶然の一致に気味が悪くなって具合が悪くなってきた。
「この話はまた今度聞くね。概要は分かったから。せっかく来たんだから、ゆっくりしていくといいよ」
私は二人と適当に雑談を交わしながら、昼食時まで二人と過ごした。
三年の月日が流れた。
わたしはどうも冬以外は調子が悪くなるらしく、冬の間以外護衛隊の仕事は出来なくなっていた。元々病気がちで、戦の出陣にも出遅れていたほどだったが、年々体調が悪化している。それでも死ぬようなことはなく、静養さえ取っていれば、命を繋いでいられることが分かった。
医者の見立てでは心臓の機能がわるくなっているらしい。実際心音にも異常があるとのこと。
護衛の面々や瑞葉様には非常に悪かったが、そんな風に三年を過ごしていた。
アヤメとも最近は連絡が取れるようになって、文通している。健康と金銭面の心配ばかりしている様子だったが、むしろこちらのほうが金持ちになったくらいだ。
私が死んだら呪物は従者に届けさせるから、安心して、と毎回書き送っている。向こうは西部諸州がもろもろ奪われてしまったが、それ以上の侵攻はなく、細々と国の命脈を保っているらしかった。
祖父はやはり死んだ。先日敵国から通達があったらしい。砦陥落の折に戦死したらしい。死体は埋葬したとのこと。祖父の呪物については何の連絡もなかったから、恐らく奪われたのだろう。せめて苦しみの少ない死であってほしい、と心の中で祈った。
それからまた一年が過ぎた29歳の秋ごろ。
キリヤマの頭目から自警団に使者が来て、代理で代表を担っていたムラキと面会があった。
私は寝込んでいたのだが、その次の日にムラキが私の家に訪問してきた。
「兵団の大頭目が、関東統合のため、関東東部へ侵攻するという話をされました。キリヤマ氏もそれに参加するそうです。そのため、義務ではないが、自警団からも兵を出してほしいという要請がありました。
見返りに報奨金と、街の運営への関与をする権利を与えるそうです」
キリヤマにはここでの平穏な暮らしを手配してもらった恩がある。できれば協力してあげたい。
「瑞葉様はなんて?」
「その裁量はサダメ様にお任せするそうですが、付き人は兵士に参加させられないそうです。また出陣にかかる経費も負担できないとのこと」
まぁ瑞葉様からしたら自分と関係のない戦なんて関心ないよね。と思って、私は意を決めて言った。
「参加する。従者二十名と、私で。騎兵と馬車も連れていく。残りは護衛隊の業務を継続して」
「サダメ様が行くんですか? ご無理をなさらず、俺とアベで行きます」
私は首を振る。
「いえ、私が行く。冬も近くなってきたし、体調がいい。出稼ぎでお金稼いでくる」
ムラキは食い下がる。
「サダメ様に何かあれば我々が困ります。戦力が恐ろしいほど低下しますから。せめて護衛としてもう一人兵士が必要です。俺が参加します」
確かに兵士は多いほどいいけど、瑞葉様の護衛業務でお給金を貰っているのだから、その兵士を減らすのは気が引けた。
「兵士は私一人で十分だよ。貴重な従者を使っちゃうけど」
ムラキは繰り返した。
「俺も行きます」
結局押し切られ、侵略随行には私とムラキが行くことにして、従者24名連れていくことにした。
キリヤマ氏の兵団の後ろから随行しながら、私は馬車の中で扉にもたれかかっていた。実は超具合悪い、まだ。
馬車の中ではムラキが対面に座っていて、心配そうにしている。
「ほら、無理していましたね。とはいえ後戻りも出来ませんからね」
ムラキが当たり前なことを言う。
「大丈夫、戦になったらしゃんとする。どういう行呈か確認してくれる?」
と私が言う。熱で頭が回ってなくて、今後の行動をもう一度頭に入れたかった。
「関東東部の兵賊は茨城方面へ集結中。こちらも大頭目のもとへ集結しつつ、集まり次第会戦を仕掛ける、とのことです。あとは勝利後に各個に町々を占領し、撤収という流れです。私たちが参加するのは会戦参陣までで、そのあとは帰っていいことになっています」
私は頷いた。
「つまり戦は大きな会戦一回だけで、あとは帰っていいというわけね。腕が鳴るね」
実際に会戦予定地に到着すると、既に戦が始まっていた。
知恵も作戦もあったもんじゃない。到着して息をついたら、各個に突撃。蛮族か、とすら思うような戦いぶりだった。
私たちは知り合いということで、キリヤマ氏の息子の、キリヤマレンの部隊についた。
「部隊の後ろにいて、身を守っていてください」と年下のレンに言われる。
あまり期待されていないのか、扱いに困っているのか、そのように指示された。
戦法は単純。接敵し、銃を撃ちまくり、たまに兵士からの攻撃が加わる。兵士を見つけたら自爆兵と毒殺兵が突撃し、散っていく。その繰り返し。だが、時間と共に戦場には屍が溜まっていった。血が流れる。死体が集まるところには血だまり。カラスが発砲音と爆音に怯えながらも、遠くで様子を伺っているのがわかる。
はあぁぁぁぁぁぁぁ。はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
また呼吸が深く早くなっていく。戦場の感覚。黒い感情が腹にたまっていく。
「ムラキはここで待機しておいて。私は法術を放ってくる」
「お気をつけて」戦場では信頼されているのか、なんなのか、言葉を否定されたことがない。
私は突撃する銃を持ったキリヤマの兵団の従者たちにまじって、歩いていく。とても走れる状態じゃなかった。
追い抜いた従者が「邪魔だ!」と怒鳴る。しかし私は術に集中していたので、気にしなかった。
心臓に力の始動。光を集める、吸い寄せる、飲み込むように。
呪物を起動させると、もう音が聞こえなくなった。
痛い、寒い、どこ、怖い、むかつく、殺す、怖い
という声が、あちこちから囁かれる。人でない者たちが、人の言葉を真似て、そのように囁きあっていた。
暗闇が頭上に現れる。その暗闇はあまりに暗いので、太陽の光を吸い込み、あたり一帯が夜のように暗くなった。
敵味方の兵に動揺が走る。明らかに動きが鈍った。
私はその中で、聞こえないが発しているであろう自分の声を出して、存在との契約文を述べた。
「彼女は存在する。彼らの上に。始まりの始まり。常しえの常しえから、長らく、多くの悪魔らを抱擁した。彼女は移動するティアマト。悪魔たちの女王であり、その母。彼女は惹きつける女神であり、万物の女王。その名は主。エロヒム・サバオートである。まさに神の「左に」座す、万軍の女王。来たれ。あなたの意志のままに」
巨大な目が闇の中から私の頭上に現れた。
言いようのない圧力が感じられた。それは頭上に今にも落下しそうな天体が現れたのに等しい存在感。
わたしはケタケタ笑いながら言った。
「この女は紫と赤の衣をまとい、金と宝石と真珠とで身を飾り、憎むべきものと自分の姦淫の汚れとで満ちている金の杯を手に持ち、その額には、一つの名がしるされていた。それは奥義であって、「大いなるバビロン、淫婦どもと地の憎むべきものらとの母」というのであった。…天にましますわれらが母よ、貴方の御国が、来ますように」
そういうと甲高い女の笑い声が凄まじい音量で大気中を震わせた。
それは闇の中から聞こえてくる。
その耳をつんざく笑い声ののち、死んでいた者たちが一人ひとり立ち上がり始めた。
敵も味方もなく、銃や石を拾って、人間に向けて投げつけたり、叩いたりしている。その様相に戦場は悲鳴で満ちた。
使者の甦り、というエロヒムの術。
生き返った使者はあたりかまわず人を襲い始める。
使者同士で同士討ちはしない。
使者に殺された人は同じように蘇って、使者になる。
その繰り返し。
やがて生前の知性や記憶を朧げに思い出していく。
術者が死ぬと、自分たちの甦りの効力がなくなって、使者からただの死体に戻る契約であることを認識する。
術者に概ね従うようになる。
死者の軍団ができる。
わたしは生命の供給を絶って闇と闇の中のエロヒムをこの世から遠ざけた。
この場合術師はエロヒムなので、エロヒムは永遠に死なない存在であるため、使者たちも損壊を受けても蘇生を繰り返す。
だから彼らはエロヒムの意を受けて動く集団となる。
そしてこの場合、エロヒムは単純な命令しか出さないことを知っていた。
私の契約者に従え、だ。
死者の集団はやがて手当たり次第に兵賊を襲っていくと、徐々に私のもとに集まってきた。
みな無言で、無表情。目は死んだように生気がない、黒目の勝った目。
はあぁぁぁぁぁぁぁぁ。はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。私は人に対する自分の残酷な仕打ちに呼吸が苦しくなる。
わたしは彼らに命令を伝えた。
「向こう側に布陣する敵に進み、殺して」
はあぁぁぁぁぁぁぁぁ。はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
残酷。死んだ人まで使う。ああ、黒いものが溜まっていって、自分も闇色に染まりそう。
使者たちは知性を取り戻しつつあるのか、こちらの意図を理解したようで、敵兵だけに向かって攻撃を始める。もうすでに銃を扱えるようになるまでに理性を取り戻した使者もいる。
突然現れた軍勢は、銃も効かず、兵士の攻撃にも蘇生してまた立ち上がる。為すすべもなくなった敵は、統制を取り戻した大頭目の総攻撃と共に瓦解。
会戦は勝利した。
終わったころには使者の軍勢は5000人を超えていた。
このグールの集団を置いていくことは当然できないので、キリヤマ氏に「安全です。兵力になります」と口説いて、平園近くまで連れて帰ることを許可されたが、街には入れられない、と言われた。
心臓の呪物で召喚する存在は、神話じみた技が多くて、携挙、復活、みたいに、内容まで神話に似た技だった。
帰りはわたしはキリヤマ氏の兵団から離れて帰らされた。
従者たちが引っ張る馬車の中、私はもう半目で疲れ切って扉に身を預けた。
「ゾンビ兵作ったの久しぶりですね。あの時は50人程度でしたが。今回は、数がすごい」
私はだるさと眠気に耐えながら言う。
「たぶん召喚の呪物を使うと具合悪くなるんだと思う。すごい命を吸われるの。もうあと数年は使わない」
ムラキが言う。
「ゾンビたちどうするんですか? 連れて帰っても、街の中には入れられませんよ」
「町から離れた森の手前に、野営地を作る。そこに駐留させながら、彼らが住まう建物も作る。あれらも飲食を必要とするから、食料や物資も手配する。死んでるだけで普通の人間と必要なものは変わらないと思って」
「以前のゾンビ兵も人と同じ暮らしをしてましたもんね。目は死んでましたが。あいつらどうなったんですか?」
「いまもそのままだよ。故国で暮らしてるはず」
ぞろぞろと後ろからついてくる負傷した死体の大群に、通る町々では驚くもの、逃げるもの、中には拝むものまでいた。
負傷しても時間がたてば損傷が少しづつ回復していくはずなので、治療は必要ない。
使者が人を殺せば、死者が蘇って使者になる。
この術の潜在的やばさを理解していれば、そうそう使おうという気にはならない。
「サダメ様もなんか目が死んでますよ」とムラキが笑って言う。
「いや、ほんと疲れた。寝る」
そして目を閉じると、体が寒くなって来て、静かに消え入るように眠りに入った。
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