平凡な大工だった俺が、落下事故で異世界に転生。異世界の家の造りがヤバすぎて笑えないっす

Nero0411 N
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5. ……おい

公開日時: 2023年2月27日(月) 20:23
文字数:1,739

 はぁ……。とりあえず水分補給して、生き返った気分に浸る。


 やっぱり、死んだ実感は全く湧かないな。でも足の指の間がマジで痛い。俺は足袋たびという、足の指先が2つに割れた靴を履いている。

 上棟の時は足の踏ん張りが効かないと危ないから、普通の靴は履かない。

 その足袋で長い時間歩いたから、親指と人差し指の間がめちゃくちゃになっていた。


「ケンシロウ君は、町から来たんだよね?」


 ダッジさんからの不意の質問。しまった。ドッキリ設定で話を適当に合わせた余韻が、俺の質問に対する反応を困らせる。


「あれ、頭混乱してついた嘘っす。気にしないで下さい。ほんとは気付いたら草原の中を歩いてたんすよ」


「あ、そうなの? あはは、そっかぁ!」


 無邪気な笑顔を見せるダッジさん。

 普通なら初対面で会って間も無く、嘘ついたなんて言われたら引く。


 33年生きてると、相手との少しの会話と表情で、大体の人物像が予測出来る。


 ……ダッジさん、あんた良い人だよ。富士山の湧き水くらい、澄んだ心持ってるんだと思う。


 マジで臭ぇけど。


 もしこの人が俺の世界にいたら、オレオレ詐欺に引っかかって3秒で全財産吹っ飛ばすな。

 ダッジさんを見てそう感じる俺の心は……水道水。


「やっぱりほとんど記憶を失っているんだねぇ」


「そうなんすよ。これからどうしようかと……」


「町に行けば、何か思い出せるかな?」


「町っすか。ここからどれくらいの距離なんすか?」


「うーんと、徒歩で5時間くらいかな」


 ヤバい。キレそう。車乗って事故れば良かった。

 ん? ダッジさん町から5時間もかけて、廃材運んだんかい!


 ヤバすぎて笑えないなんて言って、ごめんなさい。


「とりあえず今日は遅いから、ここに泊まっていきなよ。明日、一緒に町へ行こう」


 気付くと、野地板の隙間から刺す光が赤くなっていた。寂しさを感じさせる薄暗さ。


「ありがとうございます」


 ダッジさんがテーブルの上にあるロウソクに火を付けようと、火打ち石を弾き出した。


「あ、ダッジさん。火ありますよ」


「うん?」


 俺はおもむろに、ポケットから使い捨てライターを出してロウソクに火を灯す。暖色のほんわかした明かりが、ボロい小屋の中を優しく照らす。


 それを見たダッジさんが仰天顔になった。


「な、なんだい!? それは!?」


 おうふ。この世界にライターないのか。不便すぎる。どう説明すりゃいいんだ?


「なんでしょうねこれ。俺もよく覚えてないっす」


 記憶喪失設定、神すぎる。


「ほぇ~。ちょっと見せてくれないか?」


 ライターを手に取り、遠すぎだろって距離でまじまじと見るダッジさん。あ、老眼か。


 その後、少し早いが夕食にすることになった。ダッジさんは、自分で育てた野菜や米などを食べてるらしい。自給自足する生活を送っていたらしく、たまに町へ出向いて野菜を販売していたようだ。


 町では意外と野菜の評判が良く、完売で帰ってくるらしい。夕食はもちろんダッジさんの作った野菜。

 大根、トマト、キュウリ、ナス……見たことない野菜がない。これは嬉しい。野菜を桶に入った水で洗うダッジさん。


 ……おい。


 それ俺が飲みまくった水だろ。自分を捨てきれてない俺はショックを隠せず、ただ項垂うなだれた。

 そんな俺をよそに、テーブルに笑顔で皿に盛った野菜を置くダッジさん。

 めっちゃ生。切ってすらない。


「どうぞ! 召し上がれ」


 いや、ご馳走になれるだけ死ぬほど有難いんだ。

「……いただきます」


 トマトを手に取って一口食べてみる。

 ……ん? これトマトだよな? メロンじゃないよな?


 甘い。酸味なんてゼロ。美味すぎる。この世界のトマトの味なのか、ダッジさんの野菜がそうなのかわからない。

 それでも貪るように、トマトにかぶりついた。


「これも食べなよ」


 ダッジさんがキュウリを俺に渡す。

 俺はなぜか涙が溢れてきた。見知らぬ世界で、色んな不安を抱えていた。


 知っている人がいない。

 知っている場所がない。

 家族とまた会えるかわからない。

 これから先、どうしたらいいのか……。


 そんな中、ダッジさんの優しさが……胸にしみる。氷が溶けていく感覚。俺は、泣きながら野菜を食べ続ける。ダッジさんは、そんな俺を優しく微笑んで見ていた。

 

 全ての野菜を食べ終えた俺は外に出てみると、もう陽は完全に沈んで夜になっていた。満天の星が輝く夜空を見上げながら、タバコに火をつける。

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