「まったく……相変わらず小汚い店だな。紅月先生が泣くぞ」
少しだけ幼さの残った、中音の声。
新たに入ってきたのは、背丈の低い少年。輝く黄金の髪は日差しに反射して輝き、深い碧色の瞳は宝石のようで高貴さが漂う。特注品と思われる白い燕尾服姿に紳士帽子、洋杖、と一見西洋貴族のような格好をしているが、外見が幼く見えるせいで、正直子供が背伸びしているようにしか見えない。
「あら、スバルちゃんじゃないですかー。お久しぶりですね」
「スバルさん、だ! 僕は成人した立派な大人だと何度言えば分かる!」
茶化すように言ったモミジを彼――スバル・オルサマッジョーレは、睨み付けるが、やはり少年にしか見えないせいか、怖くない。むしろ愛らしさすらある。
「お姉様。スバルちゃん、まだお姉様の事、根に持っているんですかね。男の嫉妬は怖いですわね」
「聞こえているからな!」
顔を真っ赤にしてモミジを怒鳴りつけた後、彼は我に返った。そして、一度咳払いをした後、ずれ落ちてきた紳士帽子を直す。
「言っておくが、僕はまだお前を認めてはいないからな!」
「あんたも相変わらずね」
「誰が成長ないだ! これでも声変わりしたんだからな!」
誰もそこまでは言っていない。
「まったく。何だって紅月先生は、こんな奴に店を……」
「先代様がそう決めたんですから、お姉様に文句言ってもしょうがないじゃないですか。先代様に弟子入り断られているからって、お姉様に当たらないで下さいまし」
「うぐ……っ」
モミジが痛い所をついたせいで、スバルは黙った。
――よし、よく言ったぞ、モミジ。偉いぞ。
口に出すと調子に乗るから、絶対に言わないが。
彼――スバルは、見た目は十代後半にしか見えないが、これでも今年で二十五の成人だ。子どもぽい見た目に拍車を掛けるような少女に近い声色のせいで大抵子ども扱いを受ける。子どものような言動が多いせいもあるだろうが。
元は伊太利亜の中級貴族だったらしいが、そこで出会った我が先代の鑑定屋としての腕に惚れてわざわざ日本にきて先代に弟子入りを志願したが、あっさり断られた。一応これでも認定鑑定士の資格も有しているが、先代に弟子入りを断られた事を未だに気にしており、こうやって二代目の私に「鑑定勝負だ」と突っかかってくる。正直かなり迷惑だ。
だが、鑑定士としての腕は良く――私と同じ東京に認定されている鑑定士の、もう一人の方だ。鑑定士としては珍しく、積極的に公開鑑定のような事をやっており、巷では「偶像鑑定士」扱いを受けているが、本人の目的は目立つためではない。
単純に、名を売りまくって先代に認めてもらう、という理由からなのだろうが――
「ふんっ! この間は『週間御宝』の表紙を飾ったぞ? どうだ、凄いだろ! これで紅月先生も僕の事を……」
「スバルちゃん、先代様は海外ですって。何度言えば分かるんですの、もう」
何か、色々と空回りしている。見ていて飽きないが。
「まあまあ、スバルちゃん。わざわざ首都から出向いたんですから、用件を済ませたらどうですか?」
雛菊に言われ、彼ははっと我に返る。
「数ヶ月前から、東京市を騒がせている『近代の辻斬り』の話を知っているか?」
「ああ、例のあれね……」
最近東京市を中心に、連続通り魔が出没している。無差別らしく、出会った人間はめった刺しで生還者は今の所いない。その傷口から日本刀による犯行だという事だけが分かっている。
「僕の事務所付近にも出没した。辻斬りは移動しているらしく……」
「それで、最新の事件現場である金埼まで出向いたの。汽車、乗れた?」
「心配ない。ちゃんと姉さんが駅まで送って……じゃない! それで辻斬りが金埼にいる所まで分かったのだが……」
「一人で来るなんて、偉いわね。成長したじゃないの」
「抜かりない。ちゃんとこの通り情報屋を高額で雇って……っていい加減に話を進めさせんか!」
そのために腕利きの情報屋を雇うとは、やはりこいつ阿呆だ。
そんな事を考えながら雛菊を見ると、彼女は私と目が合うと相反する二色の目を細め、妖艶な笑みを浮かべた。
「雛姉、あんた、また……」
「流石、お姫ちゃん。分かってるー。そうよ、全ては私の知的好奇心のため。『妖刀伝説』なんて面白い情報、乗っからないわけにはいかないでしょ」
「妖刀伝説?」
モミジが首を傾げると、雛菊は壁に寄りかかりながら説明を始めた。
「例の辻斬りよ。私の最新情報だと、どうやら刀が関係しているみたいで」
「単純に凶器というわけではなさそうね」
「ええ、流石お姫ちゃん、よく分かったわね」
雛菊が私に笑顔を向けると、すかさずモミジが私と雛菊の間に割り込んだ。そして、私の首元に腕を伸ばして抱き寄せる。頬にでかい胸が当たった。少しだけ幸せな気持ちになった。
「ですから、モミジのお姉様に馴れ馴れしくしないで下さいまし!」
「雛姉、続けて」
威嚇するモミジを無視して雛菊に続きを促す。
「お姫ちゃんも慣れたもんね……」
少しだけ雛菊が顔を顰めた。彼女の後ろに隠れているスバルは顔を紅くしてこちらを見ている。子どもか。
「雛菊姉さんの素敵情報によると、辻斬りに遭った被害者の死体は、焼き魚の如く骨から肉を削がれ、それこそ見るに堪えない無残な光景で……」
「やめんか! しばらく秋刀魚食べられなくなるだろ!」
後ろでスバルが叫んだ。気持ちは分かる。
「うん、冗談だけどね」
「貴様がいうと、冗談に聞こえんぞ!」
青ざめた顔で抗議するスバルを撫でながら、雛菊は続ける。子どもだ。
食事中の方、すみませんでした。
「目撃者の証言では、通り魔が持っていた刀身は夜闇と混ざり合ったような紫の光を放ち、まるで狐にでも取り憑かれたように狂気的な笑い声を上げて、一刀両断していったそうよ。そのせいか、今首都ではこういう噂があるの。〝あれは妖刀に取り憑かれたんだ〟って……」
「まるで怪談ね」
ようするに、辻斬りは妖刀に操られて無差別に人を襲っている、と噂されている。金埼のような田舎町ではまだそこまでの情報はまだ流れてこないが、人の集まる首都では物好きや恐怖心からそういう噂が流れても致し方ない。
「それで、あんたはわざわざこんな田舎町まで辻斬りを追ってきたって事? やめておきなさい。そういうのは警察の仕事よ。素人が首を突っ込まない方がいいわ」
「誰が子どもだ!」
言っていない。
「妖刀伝説。それだけで、僕らが動く理由には事足りる」
「村正、ね」
確かにここ最近「これは村正」ではないか、という問い合わせが多かった。だが、これで理由がはっきりした。
「最近若い奴らから村正の鑑定依頼がきているのは、妖刀伝説のせいか」
「やはり、お前の所もそうか。僕の所も、村正じゃないかってたくさんの依頼人が来た。そのどれもが全く違う刀だったが」
「妖刀伝説の影響で、旧時代とは逆の事が起きているというわけか」
「お姉様。どういう意味ですの?」
鑑定士同士の会話に、モミジは説明を求めるように分かりやすく首を傾げた。
「かつて村正が妖刀と言われ、騒がれていた事は知っているわね?」
「はい。たしか、徳川さん家と因縁があったせいで、徳川に仇なす刀として大量の村正が処分されたんですわよね?」
「ええ、腹の立つ事にね」
「まったくだ。言いがかりもいい所だ」
私に続く形で、スバルが文句を言うと、モミジと雛菊が首を傾げた。
「言いがかりって、妖刀は妖刀ですよね? 徳川を呪った……」
「違うわい! 村正は妖刀じゃない!」
「そうだ、そうだ! あんなの、ただの言いがかりだ!」
私とスバルが順に言う。
「そもそも妖刀と言われたのは、その切れ味のせいよ。当時、村正は恐ろしくよく斬れると評判だった。だけど、それだけでは”名刀”であり、”妖刀”とは言えない。呪われていると言われたのは、徳川との因縁のせいよ。徳川許すまじ」
「徳川家康の祖父や父の暗殺、息子が切腹する時に使った介錯、さらに家康自身村正で指を傷つけている……そのせいで、村正は徳川を呪うと言われ、所持を禁じられたんだ。徳川許すまじ」
今思えば、言いがかりも甚だしい。刀は武器だ。使う時は用心しなくては斬れるのは当然であり、暗殺や介錯刀など後付けの理由に近い。
「ちょっと、落ち着きなさいよ、鑑定士組」
少々熱くなってきたせいか、雛菊が宥めるように言った。大人だ。
「その話なら、私も聞いた事あるわ。妖刀伝説は、徳川家の擬態で、本当は村正の独占を狙った、って。わざと妖刀っていう俗評を張る事で、村正を収集したとか」
「あれあれ? じゃあ、呪いはなかったって事ですの?」
「まあ、説は様々ね」
雛菊の言う通り、妖刀は後付けの逸話であり、本当は村正の独占を狙ったとも言われている。現に、徳川の遺産には多くの村正があり、中でも妙法村正は高い評価を受け、「重要美術品」認定も受けている。
「話を戻すわよ。村正の逸話のせいか、世間一般では妖刀と言われれば村正を連想する。そのせいで、最近<妖刀・村正>に注目が集まり、このように鑑定依頼が集中した……でしょ?」
確認の意味を込めてスバルに話を振ると、彼はぱぁ、と花が咲くような笑顔になった。身長差のせいで、私達三人で会話をすると、視界にすら入らない事が多いため、話を振ってもらって嬉しかったのだろう。
子どもか。
「ああ、そうだ。妖刀という怪しい魅力に取り憑かれ、妖刀を求める連中も多い。今じゃ、村正の価値も上がりつつある。そうなると、どうなるかくらい分かるだろ?」
「贋作が多く出回る、か」
先程の大学生といい、「これ、村正ですか」という鑑定依頼が増えている。そのどれもが贋作だ。虎徹の時と同じだ。流行ゆえに量産され、贋作が増えた。
「それで、目的は何? 雛姉を雇ったって事は、道案内だけではないのでしょう」
「当然だ。今回、僕の元にとある依頼がきた」
「依頼?」
「とある華族が、村正を欲しがっている」
「ちょっと待って下さい。それって……」
モミジが顔を青ざめた。確かに正気の沙汰とは思えない。だが、ああいう連中が正気でない事は、私が一番よく知っている。
「ああ。依頼は、今回の辻斬りの妖刀の鑑定だ。もし本物の<妖刀・村正>なら、その鑑定書付きの刀を買い取りたい、との事だ」
「やっぱり。人を斬った刀を欲しがるなんて、悪趣味ね」
「珍しい話でもないだろう。妖怪を斬った刀、母親の仇をうった刀……そういった逸話持ちの刀剣に大金をつぎ込む奴なんて……ぎゃっ!」
得意げに話している途中でスバルの視界を紳士帽子が覆った。彼は慌ててずれ落ちてきた紳士帽子を戻すと、一度咳払いをしてから言った。ちょっと可愛いと思ってしまった。
「け、警察の調べだと、辻斬りが向かった先は金埼町。つまり、ここだ」
辻斬りが通った先には殺戮現場が残る。それ程、辻斬りの殺し方は残酷らしい。そのため、逆に向かった先の予測が可能。
「勝負だ、二代目。今回の依頼、お前にも参加権をくれてやる」
「私に、辻斬りの刀を鑑定しろって言うの?」
「辻斬りがこの町に潜伏している事は確かだ。どのみち放っておけば、また犠牲が出る」
「でも、それは警察の仕事じゃないですか。お姉様は、鑑定屋なんですから……」
と、モミジがそこまで言った時。私とスバルは、同時に反論する。
「違うわ」「違うぞ」
珍しく息が合った。スバルはそれをよく思っていないようだが。
「今回の事件。一番の被害者は、村正だ」
「僕らは鑑定士。これ以上、名刀に妙な評価がつくのは見過ごせない。だから、村正の名誉のためにも……」
「ああ、辻斬りを……」
「私が……」「僕が……」
「成敗してくれるわ!」
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